スプーンとの出逢い2(サクラマスへの挑戦)

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カーディナル

自動車免許を取ってからの僕は、相変わらずバス釣りはしていた。

当時はバスブームになる少し前、関東でもまだバスを釣る人は少なくて自由に釣る事が出来た。
それでも50cmを超えるのが壁で48cm止まり、その代わり数は釣れた。二桁は当たり前だったし、プラグだけでも十分釣る事ができてそれなりに楽しかった。

それでも、トラウトへの憧れや想いは薄れる事は無くて、冬になれば、県内外の管理釣り場に通う事になる。その中でも加賀FA(栃木県)には通っていた。当時はフライとルアーの両刀使いで、放流直後はルアー、渋くなるとフライという節操の無いスタイルだった。

釣堀、管理釣り場のマスは沢山釣る事が出来た。
それでも満足という訳にはいかず、心の片隅には、何処か遠くの大鱒達は泳ぎ続けていた。

翌春、隣町の釣具屋で仲間たちからマスの話題が出始めた。

そこは城下町にある小さな個人の釣具屋。

この釣具屋は前回の釣具屋とは違い、アンテナショップ、プロショップ的な釣具屋でルアー釣りに関する地元の様々な情報が集まってくる場所だった、ちなみにご隠居は、僕の子供の頃に通ってた釣具屋のオヤジさんと従兄弟同士だったりする。

何時ものように奥のテーブルに腰掛けると熱い缶コーヒーが置かれる。
そいつを飲みながら、常連の笑い声の絶えない話題に噛り付く。

関根君~利根川にYさんがサクラマスを狙って通ってるらしいぞと店主が僕に話しだした。

「え?サクラマス?虹鱒のこと?」と問いかけた。
いいや、昔からこのあたりにはマスが居るんだとよ、銀色のマスが・・・・

銀色のマスの事は、叔父や祖父から良く話を聞かされていた魚の事である、子供の頃から知ってる川マス(地方名)の事である、教えてもらったのは随分前の事、それには何か神秘的という憧れがあった。

川マスのことをサクラマスと呼ぶのか・・・

桜の花が咲く頃に河を遡上してくるからサクラマスと呼ぶのだと聞かされた時、何としても見てみたいという好奇心はふつふつと大きく膨らみ始めた。

この当時、サクラマスはまだ釣魚としては市民権を得ておらず、当然専用タックルなどもない。
それどころか地元で釣った人が殆ど居ないに等しい魚だったのである。

僕は安易に「それならスプーンで釣れるよね?」と考えたのである。

道具は持っていた6.6fのトラウトロッド、カーディナルC4。
とりあえずそれで挑む事にした。

まあやってみないとわからないなと気楽にその日の午後、利根川の河川敷に付いた。

目の前に大きな川が流れている、当たり前だけど、沢山の水が流れている。

今でこそ雑誌に載るような有名ポイントだけれど、サクラマスのルアーが流行るのはもっと後の事で、当時はルアーを投げている人を見かけることは殆ど無かった。

スプーン

この場所で唯一実績のある喜楽釣具のスプーンKIRA12gシルバー。
Yさんが最近40cmを仕留めたやつだ。

店主に言われるがままに買ってきたスプーンをラインに結ぶ。

投げたスプーンはみるみるうちに下流に流され、自分では何をしているのかわからない。
気がつくと石に挟まり動かなくなり、ロストする。この日スプーンは何個も川底に沈めた。

数時間後、待望のアタリが来る。

アワセを入れると物凄い重さで何事?かと思った、バスとは次元の違う重さである。
瀬に入った魚は、簡単にリールが巻けないくらいの抵抗で早い流れの中でもがいている。
それでもそれがマスではない事はすぐにわかった、色が黒いのだ。

河原に引き釣り上げてみると、それは50cmを優に超えたニゴイだった。

それでも、川のルアーで初めて釣った魚には違いは無く、「これ面白い」っていうのが正直な感想であり、すぐさま二匹目、三匹目とニゴイを釣り上げていった。

夕暮れ、川岸を歩き車に戻る途中、流れから上がってきた投網漁師に出会う。

黒いゴム長の漁師は腰紐をはずし、その腰紐に繋げていた、真っ白な腹、真っ黒な背中、白銀の魚を草の上に2匹、放り投げた。

それがマスであることは直ぐにわかったのだが、それがサクラマスであるとは認めたく無かった。

わかっていながら、この魚は何ですか?と白々しく尋ねると、初老の赤黒く日焼けした漁師は、ぼそっとした声で「マスだ」と答え、タバコを吹かすと遠くを見ていた、多くは語ってくれそうに無い雰囲気だったので僕は足早にその場を離れた。

後からわかった事だけれど、その場所は禁漁区だったからか、僕に声を掛けられて、ばつが悪い気分だったのかもしれない。

サクラマスであることを認めなく無かったのは僕の嫉妬心である。

僕が釣るはずの魚を網で簡単に獲られてしまっては、それこそ身も蓋も無い話。
見なかったことにしたいのが、正直なところだった。

あの魚を何時か釣ってやる。

ufm ロッド

若き情熱だけが、釣れない魚を求める釣りの原点であることは、この時代に学んだのだろう。

その日、ニゴイのトルクを考えたらロッドのパワーと長さが足りない事は明白だった。
あのマスが本流の太い流れで暴れた時にどうなるか?は何となく想像できたからである。

釣具屋に戻ると、トラウトロッドを数本吟味して、一番パワーの有りそうなロッド、UFMウエダのグリグリナナハンを手にとりそのまま買う事にした。

徐々にスプーンを揃えて行くが、川の地形も流れも、流し方も理解してない自分のスキルでは、その日買った分は次の日にロストするような状態だった。

後日、何度通えどサクラマスを手にする事は出来なかったが、越後の魚野川というフィールドの存在をある先輩フライマンから聞かされる。

大きいニジマスが本流にいるらしいぞ、お前スプーンでやってみろ。
Tさんが少し前まで魚野に通ってたらしいから場所とか聞くといいぞ。

早速、Tさんにお話を聞きに伺う事にした。初対面で何も言わずにボックスいっぱいに詰め込まれたスプーンを手渡たされた。

何とその中には、オークラ、バイト、マスターアングラーなど30~40個は本流スプーンが入っていた。

関根君、これで根掛かりなど恐れずに、ボトムをトントンと転がして釣ってごらん。

僕が何か新しい釣りにチャレンジするタイミングの時、手を差し伸べてくれる人達が居た。

大河

その週末、言われた通りに片道200キロの道程を走り魚野川を目差した。
遠かったけれど、宝石のような美しい本流ヤマメを手にする事が出来た。

でもそれはボトムではく、ミドルレンジを、リフト&フォールする釣り方だった。
高校生の頃に覚えた釣り方だった訳である。

この一匹のヤマメが僕の釣り人生を変えたとまでは大袈裟な事は言えないが。

後に過熱してゆく、ブームのバス釣りから気持ちが離れて行く切欠であることには間違いは無かった。

ここが本流ルアーの始まりである。

渓流釣りを経験してから、本流に入る人が多い中、僕は本流から始まったのである。

僕の本流スプーニングの釣りはこうして幕開けをした。

 

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関根 崇暁

関根 崇暁

投稿者プロフィール

生まれ:1970年代
メインターゲット:トラウト全般、スズキ、オヤニラミなど
メインフィールド:筑後川水系(福岡県)
-メッセージ-
埼玉県生まれ、少年時代にルアー・フライフィッシングに触れ、学生時代はブラックバス、18歳で自動車免許を取得すると、全国のフィールドで遡上トラウトを追い求めスプーンの世界に入り込む。

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