宿題

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20年ほど前のことだろうか。

当時フライに魅力を感じ、技術、知識を満足させるべく色々なフィールドに毎週出かけていた。

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その1つに忍野がある。

富士の裾野から湧き出る透明度の高い流れの中にウェーディングし、ライズを繰り返す魚たちを見ているのはとてもエキサイティングな時間であった。前の週に、複雑な流れの向こう岸で尺ヤマメを狙い通りにヒットさせ、意気揚々と次なる目標を求めてポイントを探して歩いていたときのことだ。

そこは深い所で1メートルくらいの緩い流れ、止水に近いポイントにレインボーが数匹群れており、時折ライズを繰り返しながら泳いでいた。時折反応するレインボーの様子を見ながらフライを選定し、さほどいいサイズではないにしろ上手くキャッチできた時には嬉しかった。

しばらくして反応が鈍くなってきた。そこでフルキャストし、ニンフを水面直下で引っ張ってきた時のことである。

 

突然、対岸のオーバーハングから黄色い奴が現れ、リトリーブするフライをチェイスし始めた。釣ったこともないブラウンだったが、一目見てそれだとわかる鮮やかな黄色と朱点に鼓動が高まる。

幾たびキャストを繰り返しただろうか。

足りない技術をあざ笑うかのように「奴」は姿を見せなくなった。

また来週こよう、それまで誰にも釣られないでくれ。

そう思い帰路に就く足取りは重かった。

翌週早朝、同じポイントに立っていた。出てきてくれと願いつつ、恐る恐るキャストしてみる。

そしてチェイス!「奴」だ!

待っていてくれたのかという自分勝手な妄想が嬉しくもあり、また、どうやって喰わそうかという先週からの宿題が頭をよぎる。そして数投目に出した宿題の答えに、奴は反応してくれた。何分かウェーディングしているだけで芯から冷えてくる湧き水、リトリーブしている#20のピューパが見えるほどの澄み切った水の中、奴はチェイスし、襲いかかってきた。

警戒心のまるでないブラウンが今まさに目の前でフライに喰らいつく。問題点と言えば、フライが小さすぎてブラウンの口をすり抜けることか。

ラインにかかるテンションを待ちながらリトリーブを続ける。

ガッ

慌てて立てたロッドから出ているラインはすでに竿の長さに等しく、奴の尾びれが水面を叩いた瞬間にラインのテンションはなくなっていた。

お前にはまだ早い、そう言われた気がした。

 

それ以来、忍野には行っていない。

釣れなかったことが理由というわけではないが、ある意味、聖地だと思っていた忍野の雰囲気というか、何かが変わってしまった気がした。

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そして今、日光の聖地に立っている。

ガイドが凍りつくほどの寒さの中で、チョイスした精鋭スプーンたちを入れたバッグは意外に重い。フライマンの聖地と呼ばれる湯川、湯の湖に通い、中禅寺湖はいつも横目で見ながら素通り…。

難しい、釣れないイメージがあり、ずっと敬遠してきた。
正確には年に2回くらいボートからの釣行はしていた。

その魅力は理解していた、いや理解していたつもりだったが、本気ではなかったかもしれない。

本気じゃなきゃ、やられる。

中禅寺湖=春ゼミ=クレージークロウラー。そんな図式は小学生の頃から知っていた、というより思い込みか。あの頃、親父に連れられて訪れた聖地はあまりにも大きく、受け容れて貰えない印象だった。お小遣いをはたいてクレージークロウラーを買っては見たものの釣れる気がしない。

木に引っ掛かったジョイントのラパラを見て、奥の深さを感じたものだった。

 

昨年のこと、7月だったか

ボートでいつも通り、時折釣れる鱒達の引きを楽しみつつ、岸際を流していた。喧噪な日常から離れ、緑の青さと風の心地よさを感じられる気持ちのいい時間だった。岸際にキャストし、アクションをくわえる。

何度目かのキャストの後だった、静寂を破るように「奴」は深場から突然現れ、チェイスし始めた。

忍野の思い出が眠りから覚めたように、体中の血が騒ぎだす。あれから月日が流れ、数々の魚を釣り上げてきた。しかしあの時の記憶は今も色褪せてはいない。

あの色だ、ブラウンだ。

呼吸が止まった。

 

変わってしまったのは自分かもしれない。

聖地は今も変わらない、子供の頃から何も変わっていない。

何も変わらないまま、待っていてくれたのかもしれない。

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来年から真剣にやってみよう、出された宿題を解かなければならない。

帰りの車の中で、カミさんへの言い訳を考えていた。

 

写真:文 Taka

 

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