山、笑う

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縄文の昔から、日本人は山に神を感じてきたという。また、俳句の季語の一つに「山笑う」というものがある。

毎年、ヤマメの解禁日は前泊して翌日釣行することにしている。第二の正月みたいなもので、楽しみな年中行事だ。

ここ1・2年はヤマメ釣りにそれほど熱が入らない。あまりルアーを買ったりすることもなくなった。ヤマメ釣りは自分にとって感覚的に山菜摘みに近い。もうすぐ来るであろう春を感じて散策をする感覚。可憐で、大きくても30㎝程度のヤマメよりも違う方に興味がいってしまった。

日頃の喧噪を忘れて、渓流の鮮烈な空気と水に触れながらリフレッシュする。少なくとも、自分が行く川でヤマメとほどほどに遊ぶことはそんなに難しくはない。

 

同行の藤井君と2人で、前日から車中泊をする。今年は温泉に入って、食事を済ませ、宴会は釣り場の横に車を停めてからにした。今まで、前日に温泉に入ったことはなかったが、素晴らしく気持ちがいい。もっと前からやっておけばよかったと悔やんだ。

飾り 風流

不思議なもので、毎年、この日このとき飲む日本酒はいつも昇天するほどに美味い。よく言われるマイナスイオンか、フィトンチッドだか、はたまた他の何かか、自分の心の成分なのかは分からない。とにかく美味い。前にビールも飲んだし、トラウトアングラーならば、とウイスキーを皆で飲んだこともある。が、比べようもなく日本酒が一番だ。銘柄とかあまりこだわりはない。辛口でまあまあの値段のものなら喉が鳴るように美味い。まろやかさ、香り、舌に残る芳醇さ。どうして下界にいるときとこれほど違うのだろうか。

車中泊 スプーン

自分は3時間ほど寝ると目が覚めてしまった。色々と考え事をしていたら、とうとう朝が迫ってきた。藤井君は横ですっかり熟睡している。うらやましい性格だ。湯を沸かし、カップラーメンをすする。釣り場に心が向かっているせいか、あまり味はしない。

ウェーダーを履き、カメラとタックルを入れたリュックを肩にかけ、川辺に立つ。自分は、お気に入りのアングロのミノーを、藤井君はスミスのスプーンをセットしている。今年も解禁だ。

例年、夜が明けてすぐはミノーへの反応が悪い。案の定、良さそうな淵の流れ込みをトゥイッチしても反応はない。ドリフトさせ、レンジを下げてアクションさせても同じだ。今にも一雨来そうな曇り空だが、時間が経てば食い始める。ここはいつもそうだ。

 

ところが、振り返ると藤井君がスプーンでヤマメをランディングしている。そのときはそれほど気にならなかったが、同じ場所で立て続けにもう2匹上げた。

「へえ。。。」

感心してしまった。渓流のルアーでは、今はヘビーシンキングミノーを使って、アップストリームかクロスで釣るのが主流だ。スプーンでは釣れることはあっても、きっとミノーには及ばないと思っていた。しかし、だ。同じポイントを攻めて、これほどスプーンに分があることがあるなんて思いもよらなかった。

時間が経つとやはり、ミノーへのアタックが増えてきた。実は自分は早く下流のダム湖に行って、でかいレインボーがランドロックのヤマメを狙いたいと思っていたので、一つめの堰堤に着く前くらいから、「もう上がろう!」などと冗談半分、本気半分で彼に話しかけていた。

ヤマメ パーマーク

 

HOBOミノー タックル

けれど、彼に同意する気配はない。穏やかに、けれど頑固に、「もう少しやりましょう。」と言う。しょうがないな。。。解禁日だ。のんびり行こう。

後ろ姿

ふと、引き寄せられるように、ぼんやりと対岸の森の上を見る。

ああ、そうだ。ここにはこれがあったんだ。。。
ここから100㍍以上上の切り立った岩盤から斜め上にたくましく生えてる木に目をやり、その左下にあるむき出しの岩肌を見る。

岩肌

霧雨にすぼる空気の向こうで、山が、笑っている。神が、ほほえんでいる。少なくとも自分にはそう見える。

山 笑う

無邪気な子どものような笑みにも見えるし、慈悲にあふれた老婆のそれのようにも見える。生きていれば、誰しもが心苦しめることがある。この日の自分にもそれがあった。悩み、苦しみ、もがき、時には心がのたうちまわる。

「まあ、いいじゃないか。大丈夫だよ。」

そう優しく諭された気がした。この日この時だからこそ、こんなに心に浸みるのかもしれない。この岩は何百年、この場所でほほえんでいるのだろう。 ここに来て、自分と同じようなことを感じた人たちは果たしてどれくらいいただろう。

 

岩に腰掛け、タバコを吸う。小雨にうたれながら、煙がたゆたうようにゆらめきながら上に、横に広がっていく。結構長い時間、ぼんやりと眺めていた気がする。

渓流

今年の宮崎はこの時期、例年ないような長雨だった。そのせいで解禁日にしては水が多い。足下に気をつけながら先に進む。二区間釣り終わったところで、いよいよ下流を目指す。この川にでかいトラウトがいるという情報は、今のところない。だけど、やってみなければ分からない。きっといるはずと信じ、グーグルマップで目星を付けた場所に行く。

ダム湖

いよいよだ。ロングロッドに15gのスプーン。思い切りロングキャスト。ボトムを取ってリトリーブ。これがやりたかった。2人並んでキャストを続ける。小一時間ほど経ったが、岸際で鯉かヘラブナとおぼしきライズがある以外は、湖面に変化はない。

もともと、そんなに可能性が高いとは思っていない。ただ、ロマンはそれを求める者にしか訪れない。これからだ。

「あの場所に行こうか?」

数百㍍向こうの岬を指して、藤井君に言う。すると、何やらぼそぼそと彼がつぶやく。「え?」と聞き返すと、「夕まづめにもう少しヤマメをやりたいです。」と。

 

目と口が同じように丸く開いていたと思う。一瞬、考えて、さっきの山のほほえみが頭をよぎる。「まあ、いいかぁ。」
結局、再び上流に行き、自分は疲れて車の中で休み、彼だけ里川を攻めた。まあまあ釣れたようだ。

気がつくとだいぶ夕暮れが迫っている。1泊2日の幸せな浅き夢の終わりだ。

山の神に我々はどんな風に映っただろうか。

雛飾り 

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松本 宏人

松本 宏人

投稿者プロフィール

生まれ:1970年
メインターゲット:トラウト
メインフィールド:湖
-メッセージ-
幼少の頃から様々なルアーフィッシングに親しむ。
物をなくすのは、単にだらしないだけではないかとの噂も。
宮崎市在住。

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