瀬戸際の渓魚たち

「おい。今度サトーセージ氏が宮崎来るんだけど、一緒に呑み行くか?」

そう声を掛けられたのは2月のイベントの時だった。

釣りなんかマトモにしないのに、過去3回、自分たちのイベントに皆勤賞で来てくれている。

会うときは大抵ビールか発砲酒を呑んでいる。特にこの前なんかは泊まり込みの大会だったせいか、朝10時から夜中の12時までツマミを一切食べず、バドワイザーだけを呑んで、段ボール1箱カラにした。本当に本当の話だ。
そしてずっと、ずーっと大声で釣りの話しを冗談交じりの大声かつダミ声で話し続ける。

豪放磊落(ごうほうらいらく)に見せて実は繊細な気配りの人でもある。周囲の空気を瞬時に読んで、その場が盛り上がるように先回りした一言をポンと発してくれる。

一番好きなのはフライで釣るトラウトだけど、色んな釣りに精通している魚矢さん。ちなみに自己紹介をさせると誕生月を引っ掛けて「魚座のウオヤ。」という枕詞が入る。

ついでに、「(トラウトを)ルアーで釣るのは構わん。ただ、せめて、シングルフックにしてくれ。」という心に残る名言をくれたのも彼だ。

そんな彼がことあるごとに出す名前が「サトーセージ氏」だった。断る理由はどこにもなかった。

しかし、恥ずかしいことに自分はサトーセージ氏なる人を全く知らなかった。

自分はつくづく人に恵まれている。

解禁してしばらく、そろそろ彼のことを調べてみようかと思った矢先、今度はとんでもなく山女魚釣りに詳しい会社の上司が1冊の本を貸してくれた。

「瀬戸際の渓魚(さかな)たち」

どうやらトラウト関連の書籍としてはとても有名なものらしかった。本を読み、ネットを検索した。日本のフライフィッシングの第一人者だった。背骨にうっすらと電流が走った。

「佐藤成史」氏。ちゃんとした名前を知ったのは本を借りた後だった。

フライフィッシングのことは常に気になっている。トラウトルアーに比べて圧倒的な歴史と伝統を誇っているし、国によってはフライしか認めない川があるところも。
大昔から貴族の趣味になっていて、日本の皇族が所属していた倶楽部もあったらしい。

ストマックポンプで捕食しているものを調べてフライをチョイスしたり、1つのポイントでライズを待ちながら丸一日過ごしたり、サイズや数じゃなくて、1匹に出会うためのプロセスを大事にしたり、何だかディープで格好いい空気が感じられる。

自分が愛用するAngloのParagon Gseries 511の”511”という数字もフライフィッシングの有名なロッドに由来するらしい。店主の菅沼さんから直接そう聞いた。

フィートなんて12進法だから、後1インチ伸ばせば6フィートになるのに、いちいち洒落ている。グラスロッドがフライの世界でブームになって、Gseriesを思いついたことも聞いた。

自分はフライフィッシングをやるつもりはない。それはある種の意地だ。
ただ、フライフィッシングの醸し出す雰囲気は大好きだ。youtubeで見る動画はルアーよりフライの方が多い。

もっと言うとあの世界観をうらやましく思う。でも、身分不相応かもしれないけれど、トラウトルアーをフライに近づけたいと思うのだ。渓流でシングルフックのスプーンしか使わないのも、5フィート11インチという長いグラスロッドを使うのもそういう理由に他ならない。

そして実際使い続けると、確かにじれったいときもあるけどいかにも穏やかかつ繊細で、贅沢な時間を過ごすことが出来る。もちろんこのやり方が正解なのかどうかは分からない。だけど、どこかに答えがあるような気がして仕方がない。

渓魚に接するなら、それ相応の品格が必要だろう。

フライフィッシングのレジェンドたちは我々にそう教えてくれているような気がしてならないのだ。

ページをめくってみる。1冊を通して、見惚れるような美しいヤマメ、アマゴ、イワナの写真が散りばめられている。

また、その文章は時折ユーモアを交えながらも、まるで銘木の年輪が長い年月をかけて美しく刻まれるように、率直に、実直に、極力主観を省いてなるべく事実のみを綴ろうとしているのだが、それが逆に佐藤さんのトラウトに対する膨大な経験と、知識と、深い想いを際だたせている。

日本の各地には、古来より息づいてきたネイティブのトラウトたちがいた。

しかし、環境破壊やむやみな放流などにより、いたるところで彼らは息も絶え絶えになっている。そんな想いが「瀬戸際」という単語に集約されている。

発行はちょうど20年前の1998年。まだデジカメが普及していない時代だ。雑誌に6年間をかけ連載されていた記事をまとめたものだということだったから、あの美しい写真はきっと佐藤さんに同行したカメラマンの方が撮ったのだろう。

そんなことをあれやこれやと想い巡らせながら当日を迎えた。

1つだけ、企みがあった。
「瀬戸際の渓魚たち」を当日持っていって、サインを書いてもらおう、ということ。
その日はネイティブトラウトの研究をしている大学の教授も2人いらっしゃって、他の方々も10人あまりいるらしい。
まして、佐藤さんたちは翌日に釣行を控えている。そんなに時間をいただくことは出来そうにない。だったら、サインをもらって、宝物にしようじゃないか。

そして座が暖まった頃を見はからってお願いすると、彼は紳士的に快く応えてくれた。

「佐藤さん、本を拝見しました。内容も素晴らしいのですが、あの写真はすごいですね。1998年発行だから、まだデジカメはなかった頃ですよね?」

「そうですね。」

「フィルムで撮ったとしたら、カメラマンの方は大した腕の持ち主ですね~。」

「あ、写真は私が撮りました。」

「え!?フィルムカメラでですか?」

「はい。そうです。」

例によって横から魚矢さんがあれこれちょっかいを出してくるが、耳に入らない。
例えば黒部のイワナ釣りのくだりなんかではカメラマンの方も登場してくるから、全部ではないのだろうが、それにしても1人で釣りをして、あのクオリティの写真を撮る。自分も素人ながらに同じことをやっているから、そのすごさが分かる。しかも現場で写り具合が確認が出来ない昔のカメラでだ。

そうして話している内に、佐藤さんはおもむろにタブレットを取り出して1枚の写真を見せてくれた。一目見て驚がくした。

どうか想像して欲しい。

尺はあろうかという美しく色づいたヤマメが水中に沈められたランディングネットの真上にサスペンドしている写真を。

ごく自然に、リラックスして体をまっすぐに立てて、泳いでいる。

全く信じられない1枚だった。

しかも、撮影の時にみんなよくやるであろう、逃げられないための石の囲いがない。
ヤマメの背景には美しい水面と山々が写っているだけだった。

もはや、「すごい。。。」という言葉しか出なかった。渓魚と心を通じ合わせている。そうとしか思えなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

後日、youtubeで佐藤さんを検索すると、1つの動画が見つかった。
釣り方を問わず、トラウトアングラーを自称する方なら是非ご覧になって欲しい。

まるで、うつらうつらと眠るようにヤマメが穏やかにネットの上に漂っている。
佐藤さんが触れても嫌がる様子すら見せない。

ある友人が「まるで催眠術のようだ。」と言った。自分も半分はそれに同意するが、半分はそうではないと思う。トラウトたちの自然な美しい姿を残したいという想いが自然とこのようなやり方に行き着いたのだろう。彼の本を読んだ後ではそう思える。

写真撮影のノウハウをテーマにした動画だけど、何だかトラウトフィッシングの真髄を見せてもらっているような気分になる。美しい自然の結晶に触れるための作法を教えてくれているような気になる。1つ、新しい目標をもらうことが出来た。

ネイティブだから尊い。放流魚だからそうじゃない。

佐藤さんが言いたいのは多分そんなことではない。

ヒトという生き物のエゴで、太古からいたこの上なく美しい魚たちを、彼らが住まう自然を次々と消してしまっていいのか。ヒトとはそんなに大層なものなのか。ネイティブであれ、放流魚であれ、魚に罪はないのだ。

そんなことを小さな命たちに変わってつぶやいているように感じられる。

消えゆこうとする魚たちと、その姿を記録に残そうと6年かけて日本全国を駆け巡った紳士の姿は同じくらい美しい。

機会があればぜひご一読を。

 

松本 宏人

松本 宏人

投稿者プロフィール

生まれ:1970年
メインターゲット:トラウト
メインフィールド:湖
-メッセージ-
幼少の頃から様々なルアーフィッシングに親しむ。
物をなくすのは、単にだらしないだけではないかとの噂も。
宮崎市在住。

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