真夏の月とバーボンと

 

結局、8月は1回しか釣りに行けなかった。

 

忙しさだけではなく、胃が冷え切って溶け落ちるようなストレスを味わいながらなんとか仕事をやっつけた。

 

その後、以前から暖めていた案件で月末に1週間、ミャンマーのヤンゴンに滞在。

 

ヤンゴン ビール

 

いかにも東南アジアを思わせるむんとした甘ったるい匂いの空気の中、ビールとバーボンでうねるように熱を帯びた頭で、あの日の記憶をおぼろげにたぐり寄せる。

 

山女魚 尺上

 

初日の朝、4人が二手に分かれて上流と下流を攻めた。自分たちのパーティーではめぼしい出会いはなかったが、上流を遡行した藤田くんはいきなり尺上を捉えた

 

夏の渓でこの1匹。しかもガイド役を兼ねながら。見事と言うしかない。

 

渓流 飛び込み

 

午前中こそ、真剣に渓流に向き合ったものの、昼を過ぎ、暑さが増すにつれ、大の大人の水遊びといった風情になっていった。何かと繊細で、神経質になりがちなトラウトフィッシングだが、季節柄、こんな楽しみ方も一興だ。

 

本流 トラウトアングラー

 

透明で、冷たく、清潔な水と清涼な風。人の爪跡があまりない自然が自分たちを包む。この上ない時間であることは間違いないのだが、ヤンゴンの熱を体験してから、少し感じ方が変わった気がする。

 

ヤンゴン 路上 人

 

美しく、純粋な自然の中に溶け込むこと。

猥雑(わいざつ)で、混濁した人と街のきつい匂いに自分を溶かし込むこと。

 

見えない神との対話。

見知らぬ人との同化。

 

今までなら、迷わず自分は前者を選んでいた。

 

しかし、だ。

ぐちゃぐちゃとした人間の営みに惹かれている自分がいる。

 

ここで暮らしたいとか、そんなことではない。自分の根底にある価値観が少しだけ揺らいでいることに対する驚きなんだろうと思う。

まあ、旅情の残り香かもしれないし、軽いショック状態なのかもしれないから軽々に結論を出すことはしないでおこうと思っている。

 

大体、経験というものは酒と一緒で、ある程度の時間を経ないと熟成されないものだ。

そして、熟成されないうちは飲めたものではないし、早合点すると逆に心身に悪い。

 

フェンウィック タックルボックス

 

初日は14時には釣りを止めた。早足でキャンプ場に向かい、それぞれのテントを張り、宴の準備をする。自分はこの日のためにバーボンを買ってきた。キャンプ場には3人しかいなかったが、最初は4人での釣りだったから、フォアローゼズ。

 

まあ野暮ったい男どもにバラっちゅうのも、、、とも思ったが、これが意外にも好評だった。他のメンバーが持ってきてくれたキリキリに冷えた数十本のビールと合わせて、どれくらい飲んだだろうか。

 

渓流 料理

 

うろ覚えだが、ビールが1人6〜8本。バーボンは3人でほとんど空にした。

 

明るい内は、気の利いたカントリーを流しながら、オールドアメリカンな気分でそれぞれが用意した食材を焼き、とりとめもなく、余計な気も一切遣わない男だけの宴会を心底愉しんだ。

 

キャンプ 五右衛門風呂

 

暗くなってからはテン場から離れたところにある五右衛門風呂を自分たちで沸かして入った。

 

3人中、幼少期にこれを実体験したことがあるのは自分だけだったことに軽いショックと変な優越感を感じながら、薪をくべ、火をおこし、彼らに入り方の作法を教えた。

 

自分もまたおそらく数十年ぶりの体験。身体に沈殿したアルコールがじんわりとめぐり、ほどけ、ほどよく溶けていく。

 

夏 月 渓流

 

宴も終わりにさしかかり、1人でぶらぶらしながら、ふとガラスのように透明な夜空を見上げると、真夏の月がこちらを見ていた。

 

首が痛くなるほど顔を上げてしばらく見入る。

 

透明な月の光は、自分の中のさまざまな感情を隅々まで照らし、はっきり見えるようにしている気がした。

 

渓流 キャンプ テント

 

翌朝、自分は4時半に目が覚めたが、他の2人のテントからは物音一つ聞こえてこない。自分はジリジリして1人で着替え、すぐそばの渓流にスプーンをキャスト。しばらく歩いて数匹のヤマメに遊んでもらい、溜飲を下げた。

 

結局、のんびりとした片付けが済み、キャンプ場を後にしたのは9時過ぎだった。

 

パラゴン セルテート フィルソン

 

昼過ぎには帰路につかねばならない。少ない残り時間。

 

「どこ行きますか?○○と、××と、△△があるんですが。。。」

 

いつものやり取りが始まる。

 

「ん〜。俺、ネイティブのイワナ釣ったことがないんだよね。イワナ行ってみたいな。」

「わかりました。行きましょう!」

 

山岳渓流 岩魚

 

さらに1時間近く移動した後、目の前に現れたのは傾斜のきつい山岳渓流。

久しく目にしていない渓相。

 

山女魚 山岳渓流

 

トレースできる距離が短いポイントが連続し、だいぶ苦戦したが何とか数匹のヤマメが遊んでくれた。

 

目当てだったイワナのポイントはどうやらもう少し違う場所だったらしいが、普段目にしない景色の中を涼しげに飛沫を浴びながら歩くのはこの上なく爽快で、またこの季節に、と思える場所だった。

 

ヤンゴン 金

 

ちょうどこの時期のヤンゴンは雨期。おかげでそれほど暑い思いをせずに済んだ。
たまに晴れの日もあり、バーボンをなめながらホテルのベランダから見る月は宮崎と全く同じだった。

 

ヤンゴンには若い人がとても多い。どこに行っても人であふれかえっていた。
さまざまな国の資本もなだれ込んでいるらしい。きっとこれからすごい速さで発展するに違いない。人口の減少と高齢化が著しい宮崎とは真逆の状況なのだろう。

 

うだるような人々の体臭の上に輝く月。

限りなく透明で美しい自然の上に輝く月。

 

ひどく疲れていたせいか、何となく魂が落ち着かない。

 

自分にとってトラウトフィッシングと仕事はリンクしている。

どちらも、自分自身にレギュレーションを課し、透明で難しい流れから美しい宝石を導き出すような作業。

 

ヤンゴンにもそれを目指してきたのに、この、自分自身が甘く溶けて地中にしみ込んでしまうような感覚に強く惹かれている。

 

泊まったホテルのすぐそばの湖にはトラウトはいなくて、とろりとした水の中に巨大なスネークヘッドがぼんやりとたたずんでいた。

 

トラウトを釣りに行きたいという気は全く起こらなかった。

 

山岳渓流 滝 遡行

 

人が充実して生き続けるには目標があって、それにチャレンジし続ける方がいい。

 

そんな刷り込みめいたものがよく分からなくなってくる。

 

パラゴン セルテート

 

キャンプのとき撮った1枚の写真を見つめる。

まるで月面に槍(やり)が横たわっているように見える。

 

盲目のロンギヌスは、ゴルゴタの丘でキリストの脇腹に槍を突き刺し、その返り血を浴びて目が見えるようになり、改心し、洗礼を受けたという。

 

いわゆるロンギヌスの槍である。

 

パラゴンが自分にとってのロンギヌスの槍になるかどうかは分からないが、落ち着いたら釣りに行こう。もう一度、しっかりと目を開けないといけないような気がする。

 

折しも9月。今シーズンラストマンスだ。

 

山 山女魚

 

そして、今度は初秋の香りがする月をながめよう。

 

 

松本 宏人

松本 宏人

投稿者プロフィール

生まれ:1970年
メインターゲット:トラウト
メインフィールド:湖
-メッセージ-
幼少の頃から様々なルアーフィッシングに親しむ。
物をなくすのは、単にだらしないだけではないかとの噂も。
宮崎市在住。

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