追憶のカヤック

 

「探検」

「冒険」

オトコノコならば、このフレーズにDNAが反応するはずだ。という感覚は、もう古いのだろうか。もう随分古くから知ってる友人と、日帰りで冒険釣行をしようということになった。ちょっと年上の方だから友人というよりは先輩と言った方がいいのかもしれない。

純血の日本人だと思うが、「スージー」の名前で通っている。温厚で、面倒見がいい人物だ。以前、「スージー」の由来を聞いたら本名が「藤川」であることと、スリムな体型であることをあわせて「藤川→筋(と)皮→筋→スージー」ということらしい。ただ、本人が色男なので、違和感はない。

昔はよくジギングや渓流に一緒に行っていたが、最近はあまり機会がなかった。特によく覚えているのはもう10年以上も前、真夏の海に2人でカヤックをこいで沖堤に行ったことだ。決して誉められることではないが、男二人、上半身裸でライフジャケットも着けずに。数百㍍ではあったが、漁船の引き波の間を縫って漕いだときのスリルと間近に迫る海面の光景は忘れられない。

それ以来のカヤックだった。上流が「秘境」とよばれるダム湖。その上にはヤマメの魚影が濃い渓流がある。しかし、今日はそこへは行かず、対岸の、近くに全く林道がなく、船でなければ行けない、人の侵入を厳しく拒むような支流から始めて、その奥の渓流を目指す。

カヤック

釣り場に着くまでの車中、どちらからともなく近況を話す。スージーは最近、親しい人を立て続けに亡くされたらしい。ぽつりぽつりとこぼれる言葉から渋みと苦みがにじみ出る。亡くなった方を偲び、言葉を選び、単語をゆっくりと選んで話す様子に、不謹慎だが「いい年の重ね方をしてるなあ。」と感じた。ダンディズムの一つの形を見せてもらった気がした。

ポイントに着くと、2人とも気もそぞろに着替える。彼のギアに目をやる。古びて、何ともいえない味わいのABUのベスト。アングラーズハウスのウェーダー。裏地はぼろぼろだが、なんとも格好のいいジャケット。車内には何十年も使い込んで塗装もはげた傷だらけのコールマンのクーラー。1つ1つが柔らかな、でもしっかりとした存在感を放っている。年輪を重ねてきたアングラーの証。若造やにわかフィッシャーマンにはこのたたずまいは決して出せない。ヒトの想いというものは、年月とともに、きっとモノに映り込む。

釣り人

30㎏、4㍍くらいのカヤックを2人でひきずるように運ぶ。足場の悪い急なガレ場を慎重に降ろす。行きがけの駄賃ですぐそばの流れ込みで数匹のヤマメと遊んだ後、落水しないようおずおずと乗り込み、湖面へと滑り出る。

カヤック 出航

ひたすらに楽しい!

まるでガキのようにはしゃぎながら「すげぇ!すげぇ!」と連呼する

雨がそぼふり、霧が舞う水面。漂う神秘。自分たち以外、周りに人は誰もいない。対岸はおそらく全て純粋な原生林。美しい野生に抱かれる幸福。大人だけに許された冒険に浸る昂揚。

カヤックでの釣り

リザーバー特有の曲がりくねった地形を一つ、また一つ景色を眺めながら進む。風は全くない。雨がやんだときは、まるで溶けたバターの上を進むようだった。途中、写真は撮れなかったが、岬を曲がったところで数百羽の鴨の群れが自分たちに驚いて一斉に湖面から飛び立った。見事なまでの等間隔で、美しい羽根をまたたかせる。まるでなにかの模様を見るかのような光景に、一瞬呆然とした。

ここでも、目指すのはダム湖のランドロックサクラマス。いるのかどうか分からない。ロマンを探しに行く。

カヤックで上流へ

目指す支流の奥に進み、グーグルマップでチェックしていたポイントにカヤックをずりあげる。すぐ後ろの斜面から聞いたことのないような獣の声がする。人の跡であるゴミは何一つない。ここに最後に人が入ったのは一体何年前だろう。1人ではおそらく恐怖心が勝る。だが、2人揃えば悪ガキ同盟だ。好奇心の方が先に立つ。

ヤマメ スプーン

粘土質の地面が露出した岬まわり。スージーさんはスミスのピュアで、自分はアングロのHOBOスプーンであいさつをする。すぐにヤマメたちがむき出しの野性でスプーンに襲いかかってきた。アタックも里川のそれと違って、狡猾だが、大胆だった。サイズは大きくて泣き尺程度だが、会ってくれたことに感謝する。

渓流タックルと

 

渓流 スプーン

小1時間ほど、慎重にキャストを繰り返したが、サクラマスと呼べるようなサイズは来ない。ヤマメのバイトも遠のいてきたので、奥の渓流へと再びカヤックを滑らせた。予想通り、人の跡は全くない。インレットには落ち葉が羽毛布団のように厚く積もり、足元が分からない。慎重に進むとむき出しの自然が出迎えてくれた。流れは細く、魚影は思ったより薄かったが、個性の強い美しい森の精が釣れた。

ヤマメ

 

ヤマメ

この流域には大昔の人々の暮らしの跡を偲ばせる石垣が延々と続いている。支流のここにも、ちらほらとそれが見受けられた。一体、どうして、こんな人里離れたところに居を構えたのか。森の人々の暮らしに思いを巡らせる。

ぼそぼそと音を立てて木々の葉を叩く雨の中、しばらく座ってぼうっとしながら、ある種の郷愁のような不思議な感情が湧き上がるのを感じた。

無人の石垣

帰る時間になり、出発したところに戻る。カヤックを急なガレ場を戻り、車のところまで揚げなければならない。来るときは、弾けそうな楽しみでそれほど苦ではなかったが、ふと斜面を見上げて、2人で深いため息をつく。

いい年頃の肉体にはきつすぎる負荷だった。車のところまで、青息吐息、ようやく引きずって、腰を伸ばしながら、スージーがぼそっと、

「でも、楽しい思い出は、こういうキツさもあってこそだよ。一生忘れないよなあ。」

と。

釣りの途中で、スージーに「白髪、増えましたねえ。。」と少し意地悪に言うと、「まっちゃんも増えたよ。」とも。

サクラマスは釣れなかったが、そんな、濃いコーヒーを少し目を細めながら飲むような会話が心地良い一日だった。

哀愁

 

ヤカンで記念撮影

 

松本 宏人

松本 宏人

投稿者プロフィール

生まれ:1970年
メインターゲット:トラウト
メインフィールド:湖
-メッセージ-
幼少の頃から様々なルアーフィッシングに親しむ。
物をなくすのは、単にだらしないだけではないかとの噂も。
宮崎市在住。

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