雪華

雪と山

普通車で行くにはかなりハードな林道を走り、ぱあっと目の前が開けた刹那、夜明けのダークブルーに浮かび上がった山には雪が降り積もっていた。

思わず車を停めて、写真を撮り、タバコを吸いながらじいっと魅入る。
今はかなり肌寒いが、ウェーダーを履いて、レインギアを羽織って歩けば、心地よい日になるだろう。

3月9日。宮崎県央でこんなシチュエーションで渓流釣りができることはあんまりないと思う。今日は今後の下調べのつもりで半日だけの釣行。渓流を1~2時間やって、ダムを攻めるつもりだが、こんな景色が見られるなら幸せだ。もう少し時間をかけて歩こうと思った。

渓流

いくらヤマメが冷たい水を好む魚といっても、ここは宮崎。こんなコンディションじゃ活性は高くないだろう。案の定、釣り始めてしばらくは魚影は濃いこの渓にもかかわらず、時折ゆらゆらとチェイスするだけで、全くバイトしない。

ふと見上げると、林道からはまだ遠くにしか見えなかった山が目の前にある。

木に積もる雪

昨夜の寒波で降り積もったのであろう雪が朝陽にあぶられて溶け、水蒸気となり、踊るように舞い上がっている。まるで生き物のようにうねうねとくねりながら。あつまり、ほどけ、渦を巻き、時に龍のように勢いよく、時に蝶のように優雅に。

渓流の空

「昇華」。すなわち、昇りながら美しい華となること。

「輪廻転生」。昨日結晶となり、木の葉の上に降り積もった雪が今朝溶けて、また煙となって空に還る。

自然の営みといえばそれまでだが、目の前の光景は胸がしめつけられるほどに美しい。

自然の中に身を置くということは、その雄大さ、美しさを眺め感じるだけではない。きっと自然に自分自身を重ね合わせたいのだ。きっと自分は単純に釣りをしたいわけではない。年齢を重ね、経験を積みながら狡猾になり、現実という分厚いかさぶたのような鎧で武装した心をほんのひととき、幼子の頃のように、解放したいのだ。釣りは深遠な行為だが、おそらくそのための手段であり、目的全てではない。

もう少し季節が進めば、山ヒル、ハチ、アブ、マムシなどを警戒しながら進まなければならないこの渓が、今は幸福感だけをくれている。記憶力はだいぶ落ちてきたし、そのこと自体も大して気にならなくなってきたが、こういう1シーンはきっと、心の深くまで染みこんでくれる。

カーディナルと山

釣る手を止めて写真を撮っていると、50㍍ほど上流で釣っていた藤井君がスミスのピュアで釣った。本日初。入渓して1時間はゆうに過ぎていた。見ると、まるで雪の結晶のように銀化したヤマメ。美しい1尾だった。

銀化ヤマメ スプーン

気温が上昇してきたからだろう。この1匹を皮切りに、型は大きくはないが飽きない程度にヤマメが遊んでくれ始めた。それにしても、ある種の擬態なのだろうがヤマメという魚はつくづく美しい。

ヤマメ パーマーク

 

釣り人 後ろ姿

3時間ほど渓流を歩き、林道づたいに車に戻る。朝は冷たく湿っていた地面が日光でほどけて湯気を立てている。藤井君にタックルを持ってもらい、写真を撮りながら歩く。彼とも10年以上、一緒に遊んでいる。男同士の付き合いだ。「腐れ縁」くらいの表現が気恥ずかしくなくていい。

最近は、仕事も随分と上手くいってるようだ。30を過ぎたいい男の雰囲気を醸し出すようになってきたと思う。

グリーンの水色

悪路を弾むように車を走らせ下流に下り、ダムに挑戦する。魚影の割にはダムの規模が小さいのでランドロックのサクラマスに会える確率が高いかもしれない。それが今日の本当の狙いだった。だいぶ時間は過ぎてしまったが。

支流のインレットから沖合にヘビーなスプーンをキャストして、様々なレンジで色んなリトリーブを試す。

ほどなくして、魚は釣れた。シラメ(銀化ヤマメ)を数匹。ウグイは数えるのもおっくうなくらい釣れた。どちらかというとシラメは中層~表層を横にリトリーブしてる最中に。ウグイはボトムに落としてからのソフトなワッピッチジャークを8~10回して再びフォールさせた直後によく釣れた。

ダム湖

しかしサクラマスと呼べる魚からのコンタクトはない。息をひそめ、集中しながらスプーンを中層でスローリトリーブする。

「ゴツッ」

あたった。吸い込むようにくわえるウグイのバイトとは全く違う激しいバイト。でも、のらない。もう少しずらしたポイントにキャスト、沈めて、再度。

「ゴツッ」

まただ。のらない。

山間部

気がつくと、時間は14時を過ぎ、深い谷は日がかげってきた。午前中とは違う風がほほをなでる。雪の香りのする、清純な湿気を含んだ冷たい風。

藤井君は午前中の薄着のままで釣りをしていたせいか、「寒いですよ。。。」と何度もつぶやく。自分にはこの風がとても心地よく、包まれるような幸福感を感じた。そういえば、この流域にはかなり昔の人が住んでいた集落跡が多くある。今は誰も住む者はいなくなったが。昔の人々はこんな風を折々で感じていたのだろうか。

雪の精が奏でる風の楽器

いにしえからの早春賦

夕方が迫る帰りの林道で、こんな言葉が頭をよぎった。

 

松本 宏人

松本 宏人

投稿者プロフィール

生まれ:1970年
メインターゲット:トラウト
メインフィールド:湖
-メッセージ-
幼少の頃から様々なルアーフィッシングに親しむ。
物をなくすのは、単にだらしないだけではないかとの噂も。
宮崎市在住。

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