風の声

 

ロープウェイ 山々

「思い出となれば、みんな美しく見えるとよく言うが、その意味をみんなが間違えている。僕等が過去を飾り勝ちなのではない。過去の方で僕等に余計な思いをさせないだけなのである。思い出が僕等を一種の動物である事から救うのだ。記憶するだけではいけないのだろう。思い出さなくてはいけないのだろう。

(中略)上手に思い出すことは非常に難かしい。だが、それが、過去から未来に向かって飴(あめ)の様に延びた時間という蒼ざめた思想(僕にはそれは現代に於ける最大の妄想と思われるが)から逃れる唯一の本当に有効なやり方の様に思える。」

ここ最近ずっと読んでいる本のこの一節は、自分に対する呪縛のように、また子守歌のように、なかなか頭から離れない。聴き慣れないクラシックと一緒に車を運転しながらもいつも自問自答を繰り返している。

このことに思いを巡らせている間は、長年自分の心に積もって、固まっている澱(おり)のようなものが溶けて流れていくような気がして、とても幸せな気持ちになれるのだ。

 

一望千里の道

キャンプ2日目の朝、移動の途中に連れてきてもらった所で心洗われるような絶景に心を奪われていると、ふと笛のうなりのような風の声が聞こえてきた。そして、しばらく浸るように感じていたら、頭から離れないあのことに何かヒントをもらえたような気がした。

 

パラゴン 渓流

初日、朝マヅメはおそらく九州でも指折りの激戦区で1人、大ヤマメを狙う。

ここ何回か続けて訪れていたが、何故だかいつも豪雨に邪魔され、満足に攻め切れていなかった。
それでも何となくポイントの感じだけは掴めてきたが、この日も唯一、集中力を欠いたダウンクロスリトリーブの時に、目測40㎝弱の鮮やかな朱色の魚体が「ボワン」と浮かび上がってきただけで、早々に決めた区間を終わってしまった。

 

本流 山女魚

渓流ならちょっと嬉しいサイズのヤマメでも、ここだとやはり物足りない。

どうも「激戦区」とか「難攻不落」とかいう言葉に最近は熱くなってしまう。今季はあと何回ここを訪れることができるだろうか。

 

渓流 キャンプ ワイン

元々、この日は朝マヅメだけで釣りは終わって、キャンプ場所に向かう予定だった。
他の場所で釣っていた2人と10時には合流し、宴会の準備をした。最初のビールが音を立てて喉に滑り込んでいったのはまだ昼前の11時。たまらなくうまかった。

真夏の鮮やかな日差しの中、仲間との気兼ねない宴の始まり。

 

渓流 キャンプ 泥酔

その後、ビール2本を開け、開高さんの「フィッシュオン」のドイツ編よろしく、そのまま白ワインへと突入したが、前日の睡眠不足のせいか、自分はすぐに落ちてしまった。もちろん記憶はないのだが、これはこれで仲間の格好のツマミになっていたようだ。

 

渓流 夕暮れ

1人だけ車の中で気を失うようにして眠り、目が覚めるともう夕暮れが迫っていた。

夜の帳(とばり)が降りるのはとても早い。その美しい姿を見せるのはほんの一時のことだ。8月の盛夏だが、ここは山深い渓谷の川原。暗くなるにつれ、少し肌寒いくらいの気温になってくる。

 

渓流 ワイン

やがて気が付くと川べりにあった宴会場は車の近くへとその場所を移し、川の水で冷やした白ワインは赤ワインへと変わっていた。料理もまたワインに合わせたものが多かった。

写真左側の彼が作ってくれたのはアヒージョだったが、ちょっと肌寒いくらいの星空の下、ニンニクと唐辛子の効いた熱いオリーブオイルで煮て食べるタコ、トマト、キノコ等はワインの最高のパートナーだった。思いがけずたくさんほおばり、呑んでしまった。またしても、だった。

 

山女魚 岩魚 塩焼き

自分が記憶している範囲でだが、最後は朝キープされた数匹のヤマメと自分が昼間寝ている間に近くの沢で調達されてきたイワナたちの塩焼きと、産まれて初めて呑むイワナの骨酒だった。前々から一度は試してみたいと思っていたのだが、いかんせん、この日は飲み過ぎた。また気分がひどく悪くなってきた。

一口骨酒をすすると、まだまだ宴を楽しんでいる彼らを尻目に、たまらず車の中で寝袋に潜り込み、そのまま泥に沈むように眠ってしまった。

 

山々 アウトドア

翌朝、キャンプ場所から釣り場に行く途中に立ち寄った山の頂からは阿蘇山が見え、その遠くには雲仙の普賢岳も見える。

 

山々 絶景

そして反対側には宮崎のごつごつとした山々が見える。なだらかに拡がる阿蘇の裾野とは全く対照的な風景。九州の背骨の境目に立っているような気がしてくる。

風の声を聴きながら、「上手に思い出すこと」について感じ、考えた。

それはきっと時間や空間を超えて、まるでそのとき、その場所にいるかのように感じ入ることなのだろう。
記録や記憶ではなく、そのとき、その場所の風景、音、においまでも蘇るように。そしてそれはきっととても幸せなことなのだ。

 

渓流 木々 アングラー

もしそんなことが自由に出来るようになれば、確かに「過去から未来に向かって飴(あめ)の様に延びた時間」が絶対的な真実とは限らないと思えるのだろう。

何せ、時間を知覚し、認識しているのは我々のかなり不確かな脳みそなのだから。

 

渓流 木々 アングラー

大事なことは、その場その時に、いい思い出を作るために心を砕くことではないだろうか。例えその結果が思ったようにいかなくても、その思いは、きっとその場にいる人たちの心に残る。そして、きっといつかそのことを思い出すこともあるだろう。

 

岩魚 スプーン

 

この日仲間たちは、おそらく人生初のイワナを釣った。

 

岩魚 スプーン

 

深山の結晶は、複雑かつ美しい色合いで自分たちの目を潤してくれた。

 

パラゴンGシリーズ 岩魚 スプーン

 

この日を思い出すとき、その色合いと柔らかい木漏れ日と、水の香り、そして風の声がきっとそこにあるに違いない。

 

 

松本 宏人

松本 宏人

投稿者プロフィール

生まれ:1970年
メインターゲット:トラウト
メインフィールド:湖
-メッセージ-
幼少の頃から様々なルアーフィッシングに親しむ。
物をなくすのは、単にだらしないだけではないかとの噂も。
宮崎市在住。

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