香りの記憶

 

嗅覚は時に、視覚や聴覚よりも鮮明に、しかも心地よく記憶を思い起こさせてくれる。

例えば、若い頃の卒業アルバムを見ると、淡い思い出とともに、苦くて痛い青春の灰汁のようなものまで蘇ってきて少し気分が悪くなるが、嗅覚の記憶は、全てを蒸留し、上品で上手い酒に仕立ててくれる。

晴天真夏の香り。

小学生の頃、家の前の小川で水遊びをしてぐったりとしながら、さらりと冷えた肌で畳の上に寝ころび、扇風機の風を浴びたとき。

風鈴の音色とかすかな蝉の声。

畳のさわやかな青臭さと縁側の網戸から流れ込んでくる芝や葉の緑色が混じった香り。

魚釣りの最初の記憶は、親父が連れて行ってくれた真夏の防波堤。キスの投げ釣りだった。激しく照りつける日差しに豊かに膨らむ海の香り。充満する生命の香り。

 

そのときの記憶。

 

毎年、夏は仕事が忙しくてあまり釣りに行けない。久しぶりの休みにトラウトに行こうか迷ったが、結局県北の北浦港に向かった。ライトタックルでのんびり五目釣りを楽しむ。

車から朝焼け

地磯この日はスーパームーンの大潮。何故だか分からないが、大潮のときはメインの遊び相手であるエバ(メッキ)がいつもいる場所から消えてしまう。この港だけでなく、どこの場所でもそうだ。理由はよく分からない。いつも群れている港湾のスロープ。シャローの岩礁帯。そんなところからキレイさっぱり消えてしまうのだ。

ポイントに着いてキャストすると、案の定だった。ただ、ここには、ネイゴやハマチもいる。何よりここに来たのは、美しく澄んだ海とリアス式海岸の変化に富んだ風景の中で過ごすため。ゆっくり、深く息を吸い込み、のんびりと。

クロホシフエダイ スプーン小さな防波堤で、スミスのバック アンド フォースを軽くすべり込ませてジャークすると、クロホシフエダイが。カーディナルで釣るとより一層、楽しい。

ネイゴ スプーン 

ネイゴ スプーンアングロ&カンパニーのHOBOスプーンでは、ネイゴが遊んでくれた。色とりどりの魚たちは、心を賑やかに和ませてくれる。

堤防 スプーンしかし、つくづく、1年の体感時間がどんどん短くなる。もし、人生50年のあの時代だったらもう終盤なのだろうが、現代は折り返し地点を過ぎた頃。

でも、加速度的に過ぎゆく時間。実は昔とそんなに差はないのかもしれない。

あのとき、屈強な背中で、真っ黒なごつごつとした手だった親父は、体調を崩して車イスに乗っている。背中も、手も、白くて柔らかくなり、日々を穏やかに過ごしている。そして、自分はあのときの親父と同じ年代になった。

「光陰矢のごとし」の「光陰」とは太陽と月を表す。

日差しに暖められ、月を遠くに見つめ、人は年輪を刻んでいく。

成功と失敗。栄光と挫折。甘みと苦み。持てる者と持たざる者。

そんなことも大事なのかもしれないけど、もうここまで来たんだ。安息日には、釣りをしよう。残り時間を一緒に過ごしたくなるタックルを、少しずつ、こつこつと買いためながら。

光陰の恵みは、それを感じられる人こそをより幸せにしてくれる。

スプーン 五目

ハゼ スプーン適当な感じで五目釣りと言ってみたのだが、なんだかんだ四目までは、あっという間に釣れた。

ヌメリコ スプーンそして、この日一番のファイトを魅せてくれたのは、ヌメリコ。いわゆるアラの幼魚。

根に張り付きながら、果敢なファイトで楽しませてくれた。

ヌメリコ スプーンヒットスプーンは、シーレーベルのプロビア。そのシャープかつイレギュラーな動きはきっと青物にも効果があるだろう。

海 空 雲 アングラー山には甘美な死があるが、海を目の前にすると、拡散する自我を感じる。

あまりに旺盛な生のパノラマを目の前に、己のちっぽけさを知り、安らぐからだろうか。

ぼんやりと拡散していく自我はまるで、海の水に溶けて薄まりながら流れていくようだ。

いやおうなしに自己を認識させる山の峻烈な美しさ。

それとは逆に雄大な脱力感を与えてくれる海の包容力。

どちらも、幸せで、かけがえのない時間だ。

 

潮の香りに乗ってくる幼い頃の記憶とともに、そんなことを感じていた。

網を洗う

松本 宏人

松本 宏人

投稿者プロフィール

生まれ:1970年
メインターゲット:トラウト
メインフィールド:湖
-メッセージ-
幼少の頃から様々なルアーフィッシングに親しむ。
物をなくすのは、単にだらしないだけではないかとの噂も。
宮崎市在住。

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