2018 Lifting a ban

花 空

「この花が好きなんですよ」
道中、車内から見えたその色を見逃さずに運転席から声があがる。

四季折々、我々はその網膜に、鼻腔に、肌の皴に、何事かを感じることができる。自然相手というのはそういうことであり、釣り人である以上、魚を中心として物事が進むのだが、見据えながらも感覚に余白を持てる相手でなければ話せないことは多い。

水面

十分に分かってはいた。

第3回目のSpoon Summitを2月末に終え、そのために1日仕事を休み、ひとり宮崎へと飛んで行ったのだから仕事はもちろん家庭からの風当たりは台風のそれに近く、さてさて解禁だなどと口の端から漏れようものなら勢力拡大の上に、逃げたそばから追いかけてくる有様となることは想像するまでもない。

かくして数年ぶりに遅れた解禁を迎える。

とは言え不思議なもので、昔のように”解禁日には必ず”というような熱はすっかり冷めている。どちらかといえば人は少なく、数よりも綺麗な一尾をゆっくりと求めるような心模様。大した腕もないくせにいよいよ老年期であろうかと若干の不安も覚えなくはないが、もともとその気(け)がある性格故、なんとも言い難い自分に納得もするのである。

渓流 スプーン

すっかり日も昇ってから、コンビニで日券を買う。秩父の空気、水色、これからの期待。1投目を迎えるまでにやってくる幸せを腹いっぱい吸い込む、投げてしまったなら魚を求めてしまうから、満ち満ちた心になるのはしばらくお預けだ。

やたらと高い透明度、底までしっかり見える、魚からもしっかりこちらが見えているだろう。会心のキャストにリトリーブコース、イメージ通り操作されたスプーンを追う影はない。いくつもの足跡、無理もない。

可能性の高そうな場所へ少し移動してみた。反応はあるがバイトまで至らない、ジリジリと腹いっぱいにした幸せがこそぎ取られていく、だがこの焦燥もまた良いものだ。

渓流 スプーン

作戦会議、本流に見切りをつける。助手席でいつものごとく体力回復の睡眠・・・毎回申し訳ありません。

気が付くとスマホの電波も入っていない。到着のようだ。

渓流 ウェーディングブーツ

ところが、これまた全く無反応。いやに静まりきった美しい流れを遡って、岩を超えて、また投げて、スプーンを変え、また投げて。これは困った・・・魚一匹見えない、たまに小指程度の魚がじゃぶじゃぶと水を踏んだ横に逃げ惑う程度、それも少ない。

移動しなければならない、これ以上ここで投げても無理だろう。

ミッチェル308 渓流

今回はタックルをそれなりに悩んだ。いつものベイトタックルから呼びかけてくる声がするが、昨年末に手に入れたミッチェルにも解禁を迎えたくなる魅力が詰まっている。

ううむと静かな夜更けにひとり解禁の情景を思い浮かべてはどちらも分があるなぁ、と愉しんでいたのだが、いざ当日前夜となるとこの不毛な喜びを続けるわけにもいかず、どちらも持っていくというのは何となく浮気者に思え気分にそぐわず、えいやとミッチェル308を掴み、さらに本流の強い流れの場合ならともう一本スピニングを準備して車に飛び乗った次第である。

ミッチェル コンクルージョン渓流 革製品 自作様々に関わらせていただいているお陰で、ランディングネット、リュック、そして手作りの革製ロッドホルダーなど誰かの想いが繋がった道具達と釣りができている。ミッチェルだって考えてみれば誰かが夢を追った後、何かのご縁で私のところへ来てくれたに違いない。いや、そう思い込むようにしている。

渓流 トラブル スタック

いくらそう思って隙間が増えるばかりの心を誤魔化してみれど魚は釣れず、いよいよ移動を決行したのだがこれがトラブルの元になった。

「ガガガガガ!ギュルギュル」

急な坂道の緩い砂利で完全に同行者の車がスタックしたのだ。色々と動かしたり、押してみたり七転八倒したが、てんで歯が立たない。タイヤは空転に次ぐ空転であって、我々は空を仰ぐ。

「JAFですね」
連絡をしてみると1時間ほど待つようだ。

うん。釣りをしよう。

渓流 スプーン

ひとり、待ち人を残して釣り上がる。しばらくするとまたもや小指ほどだがスプーンを追う影が見えた。それだけで嬉しくなる。

だいぶ時間も過ぎて、人もいない、もしかすると・・・よい兆候ではないのだろうかと淡く希望的な思惑が、口元を緩めさせた。

ミッチェル ヤマメ スプーン

どうやらこれまでの経験が微笑みの、その通りの応えをくれたようだ。岩陰からの随分と長いチェイス、距離にして自分から10mほど、水深20㎝ほどだろうかというところで咥えて反転。夕暮れに近く、プレッシャーも減り、活性が上がったのだろう。

スプーンはシーレーベルのアドロワ4g、フックは前年途中からバーブレスのみにしている。テンション次第だろうがめったにバレないし、バレる時はカエシ有りでもあっさりとバレる。刺さりもいいため使っているが、立ち位置が水面から高すぎるとジャンプされて外れることは増えたと感じている。水中から出さなければいいし、そもそもランディングネットが必要になるので理にかなっているのではないだろうか。

見た目や撮影のためだけのネットなんて過剰であって、あまり美しいと思えない。道具は道具として役立つようにコーディネートした方が気分がいい。

と、後付けで理屈を書いてみたが、その時の自分は

「やった、やった、ようやく解禁!だ!」

こぶしを握りしめ、孤独に歓喜をはじけさせる。ふぅふぅ慌てながら撮影のため魚体を大切にできるよう整える。一通り終えて、元気に水に帰る姿を見送ったなら、削られて、そぎ取られた幸せがまた満杯、満ち足りたものになる。子供のそれと全く同じだ。

ヤマメ 渓流 スプーン

その後、2匹の美しいヤマメと出会えて確信を得た、まだ遡れば釣れるだろう。満足したし、車のことも頭の片隅から消えてはくれないので軽い足取りで戻ることにした。

「さらに1時間らしいです」

ほんの少しだけ後悔したが、のんびり帰り支度、写真の整理に充てよう。そんなことを考えている間に同行者は再び準備をはじめて釣りへと舞い戻っていった。

好きなんだなぁ。呆れながら尊敬にも似た感情を覚える。

ヤマメ 渓流 スプーン

これまでの過程が嘘のように暗くなるたった数十分で数匹キャッチした彼。
その後ウィンチで引き上げられた車に乗り込むと馬鹿話と夕食を済ませ、いつものように少しの寂しさと共に別れる。

渓流 夜

毎年のことだが、今年も解禁。

いつもより記憶に残る1ページが仲間と共に刻まれた。

皆さんはトラブルに十分気をつけて欲しい、もちろん自分もそうなのだが・・・釣りとなれば盲目、霧中と精進が足りない。春を迎え、落ち着けない日が続きそうだ。

藤井政幸

藤井政幸TailSwing運営代表

投稿者プロフィール

渓流~海までどこでもスプーンを投げる。
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