Shadows of Light

 

パラゴン 湖
目の前に座る極めて紳士的かつ、聡明で真面目な青年が、ふとした時に見せる虚ろな横顔。

 

「船小屋」という山あいにある宿。昭和の香りが充満する薄明るいロビー。

 

1日目は夜明けから真っ暗になるまで釣りをした。

 

3人で旨い夕食をたらふく詰め込んだ後に朦朧としながら、中平くんが買ってくれた旨い焼酎をロックでチビチビ飲みながら談笑しているとき、ふと、藤田くんにある格言の意味を問われた。

 

「釣り師は心に傷があるから釣りに行く。しかし、彼はそれを知らないでいる。」

 

一瞬不意を突かれて言葉に詰まり、一回りも年下の青年に、そのときは応えることができなかった。

 

トラウトアングラー SIMMS

 

鮎釣り解禁間近の週末。1泊2日で全国的にもメジャー河川である五ヶ瀬川と山一つ越えた耳川本流を釣り歩く。

 

少し前に五ヶ瀬川を訪れたとき、現場でたまたま自分が声を掛けて意気投合し、地元に住む藤田くんが中平くんと自分を案内してくれることになっていた。

 

改めて集合場所の河原で彼とあいさつを交わし、ゲームプランを話し合う。

 

と言っても、自分たちに対案を示すほどの経験があるわけがなく、結局彼にお任せ、になってしまうのだったが。

 

アングラー SIMMS

 

均整の取れた立派な体躯からは想像できない細やかな気配り。

飄々(ひょうひょう)とした話しぶりと低く息を吐くような独特の笑い方。

あごにたくわえた無精ヒゲ。

 

使い込んでくたくたになったSIMMSのキャップとウェーダー。

 

行ったことはないが、まるでカナダかニュージーランド辺りのフィッシングガイドのようだと思った。

 

そしてその直感はまさしくそのまま現実となる。

 

トラウト ウェーディング 湖

 

時折、低く立ちこめる雲から降る小雨が川面に波紋を描く中、藤田くんは早いテンポで次から次へとポイントに自分たちを案内する。

 

大河川の本流ポイントというのは、第一にそこにたどり着くまでのエントリー場所が分からない。下手をすると知ってる人に比べて何倍もの苦労と危険な思いをしてやっとたどり着けるものだ。

 

それを彼は惜しげもなく、実績ポイントへのアプローチ場所。過去に実績のあった核心部分を教えてくれる。

 

そして、自分はそこから遠く離れたおおよそポイントとは呼べない場所で黙々とキャストしながら、時折、こちらの様子をうかがっている。

 

トラウト アングラー ウェーダー

 

午前中だけで5~6カ所のポイントを足早に巡った。

 

しかし、急激な減水が起きていたこの日の五ヶ瀬川はどのポイントでも沈黙を続けた。まあ、これもよくあること。

ただ、彼がここまでガイドに徹してくれている。

 

口先では「1匹も釣れないかもね。」などと冗談めかして言っていたが、どうにかしようという強い気持ちがあった。

 

パラゴン セルテート アンサースプーン

 

正午を過ぎ、そろそろ昼食のことを考え始めた時間帯。

 

「ここが終わったらお昼食べようか?」

 

と声を掛けて入ったポイントは、他のように水が砂地に伏流しておらず、岩と岩の間を力強く流れる本来の五ヶ瀬川の姿。それまでの中で一番雰囲気があるところだった。

 

「いいね。」

「ええ。一番いいですね。」

「うん。」

 

最近、自分は渓流でもどんどん遡行スピードが遅くなってきている。

 

例えば、魚影の濃い河川の大きな淵のボトム付近には必ず目指す大物は居る。
そう信じてあの手この手を尽くすようになった。

 

それで何となく結果が出るようになってきたから、なお遅くなってしまう。

 

大物は大抵いるべき場所にいる。活性が高い個体がいる場所を探してどんどん遡行していくのも手だろうが、今は、じっくり腰を据えてねちっこく狙うことが好きだ。

 

このポイントで、自分の下流側に大きな流れのヨレを見つけた。若干濁りが入っていて何があるかは分からない。おそらく大きな岩がそこにあって流れの変化が起きているのだろう。

 

山女魚 背中

 

この川のメインベイトである鮎の色のサトウオリジナル、アンサー7gをチョイス。自分の真っ正面にクロスにキャストして若干テンションをかけながらドリフト。U字ターンの頂点にそのヨレがあたるようラインメンディングした後、ゆっくりリーリングする。

 

10回ほど流した後、再びU字の頂点がポイントにさしかかる。さらに核心部で「スーッ」と静かにロッドを立て、わざと少し下流に倒す。縦の変化を加え、アユカラーの側面をそこにいるはずの魚に魅せつけるように。

 

山女魚 尾鰭

 

「コッコッ」と小さな感触。次の瞬間。

 

「ガツッ!!」と硬質かつ強烈なバイト。ドラグが2回短く「ジッ!!ジッ!!」と鳴った。

 

この後はローリングを繰り返す姿以外、あまり覚えていない。どうしてもこの魚は獲らなければならない。それしかなかった。慎重に、慎重に。バレるな。お願いだから。

 

パラゴン 尺山女魚

 

ネットインした瞬間、雄叫びを上げた。そばにいる中平くんが水の中をジャブジャブと早歩きで近寄って来る。離れたところにいる藤田くんに大きく手を振り、ネットを高く掲げる。

 

「やりましたね!! いやあ、良かった!! 本当に良かった!!」

 

自分なりに狙って獲った会心の1匹だったが、彼がいなかったらそもそもこの場所も分からなかった。

 

心底嬉しそうに写真撮影を手伝ってくれる彼の姿を見て、逆に安心感を感じた。

 

アンサースプーン 尺山女魚

 

フックを外そうとすると、ヤマメの口に刺さっていたシングルフックがいとも簡単に折れた。おそらくネットの中で絡んでそうなったのだろうが、あらためてタフコンディションの中で出会えた1匹に感謝した。

 

渓流 食事

 

その後、同じポイントで中平くんに、おそらくは自分が釣った魚とペアリングしていたもう1匹からのバイトがあったが、フックアップせずに午前中は終了。川のすぐそばにあるドライブインで3人とも思いがけず美味しいトンカツ定食をほおばりながら午前の釣りを振り返り、これからの釣りの話しをした。

 

トラウト アングラー 本流

 

藤田くんは午後からも精力的にポイントをガイドしてくれた。

 

が、しかし、相変わらず名だたるメジャーフィールドは難しさもメジャー級だった。

 

山女魚 アンサースプーン

 

思わずうぶ毛が逆立った目測45㎝オーバーと尺上のチェイスがそれぞれ1回ずつ。それ以外は暗くなってからかわいいのが1匹。それがこの日の全て。

 

椎葉 ダム 

 

翌日は過去に50オーバーが出たことがあるというダム湖に行った。

 

ダムや湖のトラウトフィッシングのリスクの高さは身をもって分かっている。でも自分はこの釣りが一番好きだ。

 

椎葉 ダム

 

むやみに釣り座を変えず、自分自身と向き合う。昨夜の青年の問いかけについて思索をめぐらす。

 

「釣り師は心に傷があるから釣りに行く。しかし、彼はそれを知らないでいる。」

 

以前読んだ素晴らしい本の一節に「心は話すことを止めない。」というくだりがあった。

 

人には皆、心と魂が同居していると思う。

 

心は、現実を見てあくせくしている。不安、おそれ、そのようなものに追い立てられ、常にぶつぶつブツブツ何かをつぶやいている。

 

魂は、一番大事な、でも穏やかで幸せなところにいて、心がウロウロしているのを優しく見守っている。きっと人は誰しも、この両者のはざまでもがきながら生きている。

 

釣り師だから心に傷があるのではない。人は誰しも傷つきながら生きる。それはきっと心が誤って魂が思うところと違うことをやってしまうから。その食い違いに傷つくのだ。

 

ただ一つ、釣り師が皆知っていることがある。言葉に出来なくても、皆感じていることがある。

 

パラゴン ダム

 

魚がかかった瞬間。ほんのコンマ数秒。心と魂は完全に一つになる。

 

魚には可哀想だが、その瞬間だけはえもいわれぬ幸福感が釣り人を包む。

崇高な文学の一節に感動したときのように。

限りなく美しい音楽に絶句したときのように。

 

しかし、それから数秒たつと、また心が「あー、、、こいつは小さいな。」とか「あそこのストラクチャーにからむとラインが危ない。なんとかしなきゃ。」とかおしゃべりを始めて、魂と離れていくのだが、ヒットの瞬間だけは、完全なる幸福がその人を包む。

 

下から見る橋

 

あの有名な格言を不遜(ふそん)にも言い換えさせてもらえば

 

「釣り師は心の傷を(少しだけ)癒すことができる。しかし、彼はそのことを説明できないでいる。」だと思う。

 

だから、やはり、釣りという行為は、哲学であり、芸術なのだ。

 

山の頂は一つしかないが、そこに至る道は何百通りもあり、その一つの道が魚釣りであってもいいのだと思う。

 

トラウトアングラー

 

別れ際。

 

今回の釣行で、初めて顔を見せた限りなく透明な青空の下、藤田くんが彼の住む日之影町についてぽつりと話す。

 

「日之影の”影”は”陰”ではないんですよ。」

「あぁ、つまり、よく陽があたる場所ってことか。。」

「そうですねぇ。」

 

二日間、一回りも年下の青年がlightとなり照らし続けてくれたから、自分たちは思い出のフィルムに美しいshadowを描くことができた。

 

彼の想いと行動に自分たちの心と魂は一緒に喜ぶことが出来たのだ。

 

 

松本 宏人

松本 宏人

投稿者プロフィール

生まれ:1970年
メインターゲット:トラウト
メインフィールド:湖
-メッセージ-
幼少の頃から様々なルアーフィッシングに親しむ。
物をなくすのは、単にだらしないだけではないかとの噂も。
宮崎市在住。

この著者の最新の記事

関連記事

ピックアップ記事

  1. ニジマス HOBOスプーン
    11月初旬、宮崎の中央部を流れる一ツ瀬川の上流、西米良村に来ていた。ここは九州で…
  2. ヤマメ スプーン HOBO
    渓流シーズンが終わってしまった。 毎週末の早起きと深夜早朝のドライブも来年3月ま…
  3. スプーン ヤマメ
    「ウマいですね。」 行きがけに寄ったコンビニで明日の食糧と水分、今夜の肴を買っ…
  4. ヤマメ 胸鰭
    まだ10代の半ばだった頃読んだ筒井康隆氏の小説に書いてあった一節がずっと頭に残ってい…
  5. ヤマメ 原種 スプーン
    大学生になり、初めて親元を離れて関東で暮らすことになった。 元々、早く一人暮らしを…
  6. 「面白そうだけど、スプーンってよくわからないから教えてよ」 ルアーやるんですね、と話し始めてこ…
  7. 中禅寺湖 レイクトラウト スプーン
    朝早くから家庭行事に追われ、最後は地元の小さなお祭りに出掛ける。 ささやかで、ちい…
  8. 表裏の帯1(魚野川~湖山荘) 夢も出ない暗闇。ん、手首?誰かが握った・・・。 …
  9. 岩魚 山女魚 原種 DNA
    記録に残るような大物トラウト。 一生忘れることはない美しいトラウト。 私たち…
  10. 渓流 山女魚 スプーン バイト
    身体を悪くして随分時が過ぎた父親に話しかけた。 「ほら、小さい頃よく連れていっ…
ページ上部へ戻る