10月のとある土曜日、レインボーを求めていつもの湖に行くことにした。
まだ水温が高いことは分かっていたのだが、去年のこの頃、1日に40オーバーを立て続けに4匹釣ったこともあったし、何より、ざわざわ、うずうずとした衝動が押さえきれなかった。
AM5:00。まだ暗い中、寝床から這い出すが、どうにも体調がおかしい。
目の奥が痛いし、背筋も時折ゾクっとする。頭もズキズキ痛い。
しばらくぼうっとしながら行くことをためらったが、「こんな日に頑張ったらきっといいことがあるに違いない。」とか「巡礼に苦難は付きものだ。」とか全く根拠のない励ましを自分自身に送りつつ、車を走らせる。
まだ外はそれ程寒くはないのに暖房をかけた。それでもまだ悪寒がしてくる。
気分も落ち込みそうになったので、ふと思い立って、20代の頃よく聴いていたCDを大音量でかけ始めた。
デイヴィッド・サンボーン(以下、「サンボーン」)という人で、ジャズ・フュージョン界のスーパースターのアルバム。楽器はアルトサックス。決して難解な演奏ではなく、エモーショナルで初めて聴く人でも分かりやすい演奏スタイルだと思う。
数々の名アルバムを出していて、ネット上ではたくさんのCDを選ぶことができる。しかし、自分の手元にあったのはきっとレアな1枚。タイトルは”Alpenhorn(アルペンホルン)”。Amazonで検索しても出てこない。
このアルバム、どうにもこうにもうさん臭い。大体、サンボーンと言えばアルトサックスの代名詞的プレイヤーなのに、ジャケットには取ってつけたようにテナーサックスの写真が貼ってある。きっと本人が見たらビックリするだろう。いわゆる当時の海賊盤だと思う。
その他のデザインも多分アルプスの山々なのだろうが、どうにもチープでやっつけ仕事の臭いがぷんぷんする。
ところがどっこい、見た目のチープさとは別に、中身は強烈に熱い1枚なのだ。
録音の音質も演奏も粗く、サンボーンはメロディを吹かないところがあったり、ミストーンがあったり、ギターのハイラム・ブロックも時折間違ったりするし、マイクのハウリングがうるさかったりするだけれど、それを補って余りある熱気とグルーヴが溢れている。
曲の途中で入るMCも”Well~. Here we are once again high in the Alps!(さあ、またアルプスのてっぺんに来たゼ!)”みたいに軽いのが多くてちっともジャズっぽくはないんだけど、個人的にも何かとむやみな情熱だけはあった20代の頃の気分にピッタリのアルバムだ。
特にリズム隊が強烈。大好きな女性ドラマー、テリ・リン・キャリントンとベースのスティーブ・ローガンのコンビだが、ベーシストは後ノリもへったくれもない、まるで鎖に繋がれた猛獣のように暴れ回りたがり、ドラマーが強引にそれを押しつけてるような感じだ。
(CDとは違うライブですが、メンバーは同じです。)
高級懐石料理を箸で一つまみ、というよりは、激辛ジャンクフードをドカ食い。シルクのシーツにくるまれるような、というよりはガサガサの垢すりタオルで背中を全力でこするような感覚。
決して上質ではないけど、高いユンケルを3~4本一気飲みしたようなパワーをくれる大事な青春の思い出。(1曲目”Chicago song”と5曲目”Slam”が特に強烈です。)
まだ夜明け前の道を耳をが割れんばかりの爆音で駆け抜け、いつもの湖畔に立った。
気分は20代だ!何もかもがフルパワーだぜ!
ウェーダー用のブーツを忘れてウェットウェーディング用の少し小さいブーツしか持ってきてないけど、そんな小さなことは気にしない。
午前中ずっとキャストを続けたけれど、全くカスリもしない。
ちくしょう!
昼メシだ。ボート小屋でラーメンを買って食べる。何だか、スープは最後に入れてくださいとか面倒くさいことが書いてあるけど、そんなことは気にしない。最初に全部ぶち込んで食ってやる。
だが、昼を過ぎ、夕方が近くなってくると、段々と40代の、本来の自分が押し寄せてくる。
というより、明らかに風邪の症状だ。ノドが痛い、目の奥が痛い、悪寒がしてくる。
湖面のアヒルたちも、「もう帰ったら~?」と言っているような気がしてくる。
とうとう軽い目まいがし始めた。
もう限界だ。巡礼に苦難はきっとつきものなのだろうけど、今日は終わろう。
ウェーダーを脱ぎ、ボート小屋の前でタックルをしまっていると身体が震えてきた。どうにもこうにも寒くて仕方がなかった。
どうやらこの日の”High in the Alps(アルプスのてっぺん)”とは、自分の体感温度のことだったようだ。
つくづく、そろそろ、大人にならないといけないとは分かっているのだけど、そうなりきれない自分もそれ程嫌いではなかったりもする。