私なんぞがまだ幼かった頃と違って、今は東西南北、列島あまねく場所で釣り道具は百花繚乱(ひゃっかりょうらん)、よりどりみどりと言っていい状況でございます。
魚の種類や釣り方毎に竿やリールや疑似餌、果てはテグスに至るまで、それはもう細かく分かれていて、つくづく日本人てのはすごいなあ、と感服いたします。
たとい田舎に住んでいらっしゃって近所に釣具店がないような方でも、インターネットなんてものがあり、パソコンや携帯電話から簡単に買い物が出来るようなこのご時世。お金さえありゃあ、欲しいものはすぐに手に入るもんです。
しかし反面、焦がれ焦がれて、ほうぼう探し回って、憧れたものをやっとの思いで手に入れる感動なんてものがなかなか味わえない時代なんじゃあないでしょうか。
手前味噌ではございますが、私が小学生だった頃はブラックバス用の舶来疑似餌を買うために、正月三ヶ日明け、片道30㎞くらいの道のりをオンボロ自転車キーコキーコ言わせながら買いに行くのがその年の初仕事でございました。
電車とかなかったのかって?
もちろんあるにはあったのですが、あの頃米国製のクランクベイトが1500円くらいはいたしまして、往復の電車賃を節約すれば余計に1個買えたのでございます。
「あと1個」。そう思うと電車賃が何とも勿体なく思えて、それはそれは必死でキーコキーコさせておりました。我ながら情熱あふれていた時代でございます。
あれから随分と時代が経ち、私めの齢(よわい)が四十を過ぎました頃、本当に久しぶりにあの頃の熱が蘇るような出会いをいただきました。
何回か店を訪ねて、話し込んだり、時には勝手に酒を持ち込んで飲み散らかしたりしたのですが、店主と話すにつけ、あぁ、江戸前の粋ってえのはこういうことなんだな、とつくづく合点がまいりました。
大学時代に上京して、紆余曲折を経て都落ちした自分にとってあの店は銀座辺りの老舗寿司屋(行ったことはございませぬが)のような存在でして、以来、もうベタ惚れ。勢いあまってZIPPOを勝手に作ってしまうほどでございます。
私めも極端なのではございますが、かの店で竿を仕立ててもらって以来、ヤマメやイワナ、ニジマスなど鱒類の釣りしかやらなくなっております。
何せParagon(パラゴン ※模範、手本、鑑)という名前のその竿は鱒用でございますので。
こう考えると私めは単に魚釣りをしたいのでなく、Paragonでの釣りに没頭していると言ってよいでしょう。貴重な休日、他の竿を使うこと自体があまり想像できないのでございます。
Paragonの何がそんなにいいかって?そんなことは一言では申し上げられませぬが、私にとっては男の美学とでも言うべきものがぎっしりと詰まっているのでございます。
何せ、今ワールドカップが行われているロシアのプーチン大統領も愛用しているそうですから。きっと間違いはございません。
一例を申し上げますと、昨年のこと、このサイトの管理人の藤井くんが久方ぶりに帰郷してまいりまして、山奥に山女魚釣りに連れて行った時のこと、彼が唐突に妙なことを申します。
「松本さん、今からエバ(メッキ)釣りに行きましょう!」
思い返すと、彼なりの何かメッセージのようなものがあったのかもしれませぬが、私めは思い切り面食らってしまいまして。
「え?いや、俺今日はParagonしか持ってきてねえよ。」
と返すと、
「いいじゃないですか。行きましょう。」と押してまいります。
私は条件反射のように、
「Paragonは鱒用の竿だよ。だから行かない。」
と思いっ切りつれなくしたことを今でもよく覚えております。決してムキになった訳でもなく、そんな言葉が自然に口から滑り出たのでございます。
そんな日々の中、あの店主に幾度か、
「Paragonに合わせる(スピニング)リールは何がいいでしょうかねえ?」
と相談したことがございまして、そんな時は決まって
「ステラがいいんじゃないですか。」
という答えが返ってまいりました。
私めがミッチェル308に執心なことを伝えましても、頑として取り合ってくれませぬ。手を変え品を変え、時を変え、言葉を変えて尋ねても返ってくるのは、矢っ張り「ステラ」の3文字でございました。
しかし如何せん、その当時の14ステラにしても10ステラにしても、私めはどうにも気にくわなかったのでございまして、店主の言うことに耳を傾ける気にはなりませんでした。
気に入らなかったのはもちろんその機能ではなく、意匠、つまりデザインでございます。こんなことは極々個人的な趣味・趣向の話しでございまして、気に障る方がいらっしゃったらどうかご容赦いただきたいのでありますが、私めは基本的にリールに金色があしらってあるのが苦手なのでございます。
金キラキンとしたパーツがチラリとあるだけですっかり萎えてしまうのであります。
それに、最近よく見るスプールのひっかき傷のようなもの。あれも苦手でございまして、湖用で使っているダイワの13セルテートも買ったは良いけど、どうしてもそこが気に入らずに銀色でひっかき傷がないスプールを別に買った程でございます。
そんなこんなで平成29年も年の瀬、ネットを見ていると一つの新製品情報が目に飛び込んでまいりました。
18ステラ。全くの一目惚れでございました。
まだ画像のみではありましたが、金キラキンとしたパーツはスプールの上側に秘やかに佇む(たたずむ)のみで、その他は全体が深く美しいシルバーで統一され、スプールの彫刻はひっかき傷ではなくて、幾何学的な彫刻のようにになっております。
何より、ボディのバランスが素晴らしい。14ステラではダイエットし過ぎで不自然にへこんでしまったお腹のようだったものが、豊かに、美しく、ふくよかになっております。
欲しい、欲しい。このステラとパラゴンを合わせたら、、、。
そんな悶々とした妄想を抱えたままその年を越すことと相成った訳でございます。
一日千秋(いちじつせんしゅう)とはよく言ったもので、今か今か、まだかまだか、でございました。
思うに、モノは手に入れる前のこんな時間が実は一番幸せなのかもしれませぬ。
藤井くんに我が儘を言って、予約してもらい、ようやく手元に届けてもらったのは4月の下旬。端麗な箱を封切った瞬間現れたのは全くもって期待を裏切らないメイド・イン・ジャパンでございました。
完璧な意匠。
一分の手抜かりもないものづくり。
平成最後にして最高の垂直糸巻き機。
その機能は世界最高クラスであることは言わずもがなでございます。繰り返しますがこのデザイン。ずっと望み焦がれてきた日本産スピニングリールに出会えた心地でございます。
まさしく新しい100年ものに違いありませぬ。
そうかと言って決してフランスの貴婦人を見限った訳ではございません。
例えるならばミッチェルは手間暇はかかるけど趣深いクラシックカー、ステラは最先端のラグジュアリーなハイブリッド車。
それぞれにそれぞれの良さがあるのでございます。
またそもそも、古今東西、「竿」というものはオトコのシンボルでございまして、決して軽々しいものではございませぬ。
安かろうと、高かろうと、現代ニッポンの竿はどれもこれも全くすぐれております。
選ぶのは貴殿の魂一つなのだと思います。
手前味噌で甚だ恐縮ではございますが、私の魂は「Paragon(手本)」と「Answer(答え)」にあり、その伴侶たる垂直糸巻き機は2人のご婦人方なのでございます。
どうぞ、皆様方におかれましても、魂に触れる出会いが訪れんことを。