あの頃と

思い出すことが増えるのは年齢を重ねる愉しさと、どこからか来る悲哀がうまく踊りあっているような気分にさせる。善かれ悪かれ何かの刺激にそそのかされて一体この軽い頭のどこにしまってあったかと驚きつつも、覚束ないが確かな記憶が辿られ浮かんでくる時がある。

仲間と連れ立って暇つぶしにも似たバス釣りに向かっていたのもそう長くは続かず、ひとりでその池に向かうことが増えていった。それは好きなように好きな釣をしたかったのだが、当時そのことを自覚することはできず、なんとなく自然に楽しむため同級生たちへ釣行予定の相談をすることも減りながら、現場で出会えば少しばつが悪い思いをしていた。

 

バスハンターⅡ黒金、これだけを3千円もしないベナベナのやわらかいベイトロッド、ガングリップ。たぶんリールはバスワンかアブの丸型。これで日がな一日投げまわっていれば1匹か2匹はゴツッ!とかグイッ!と12lbとは言わず3号と呼んでいたナイロン糸をひっぱりひっぱり暴れて、その激しさで喜ばせてくれた。

その竿は安物だけあって釣行を重ねるとあっさりとグリップのコルクが真ん中から折れて瓦解してしまったが特に沸き起こる感情もなく、替えの竿があるわけでもないので、まだ投げれるとその日はそれで通した。そんな釣で十分満足していたし、あれこれ考える余白と工夫の余地が見え隠れする独りの釣の方が瞼の裏を流れて来る割合が高い。

農業用のため池であり、いつも釣歩く反対側の護岸には「ここで遊んではいけません!」「危険!」の文字と水に襲われる男の子が描かれた看板が風で揺れて、サビに朽ちるのを耐えながら健気に大人の都合を語っていた。なんとなく悪い気はするけれど、そこにある障害物の周りをバスが泳いでいるのだと雑誌に書いてあれば我慢することなどできなかった。もちろん釣れなかったり、セオリー通りに釣れてしまったりするのだが、期待しているほど釣れない現実を学ぶにはいい教材だったように思う。

今だから分かるが、当時ほっといてくれた大人たちには感謝している。危険を危険と知るには体験するしかない、触れることも許されず蓋をされていたのなら今の自分はいないだろう。

水の事故をせずに済んでいるのは運もあるだろうが、体験から得られたものに知識が加わることでこれ以上は・・・という歯止めをかけるだけの恐怖を生み出してくれているからだ。そのひとつとなってくれた場所であり、周囲の人々も含んだ”環境”である。ありがとう。

 

雨が少なく、田畑に水が引かれたなら足をずっぷり濡らし、泥に沈めとられたり、逆に硬い水底を感じてボトムを裸足で把握しながら1周することもできた。1度だけ、馬の背になった普段は行けないポイントの同じ場所に投げるだけで10数匹ぐらい連続で釣れてくれた。はじめての経験と衝撃にどこかぼうっとしながらも必死に投げた。

その時はスプリットショットリグ、ダイワのシャッド系ワームで名前は失念しているがそのラメの入った濃い紫と全体の形状、可愛らしいがいかにも生き物のように動く小さなテール部分は心のどこかに焼き付いていて鮮やかに思い出せる。オフセットフックに丁寧にセットして惜しみ惜しみ刺し場所を変えながら、千切れていなくなるまで使い倒す。

 

ボトムを取り、とんとんとんと鉛玉の重みを感じてアクションさせまた落とす。次のアクションに入ろうとゆっくり糸を張っていくとかすかな重み、そのまますうっと糸がゆっくり動いていくのを手肌感覚と目で追いかけたなら、合わせをくれてやるために糸を巻きながら竿をおろしてゆく。

糸が張り、竿が水面に近づいて上空へ十分なスペースを与えたなら、えいやと竿を立てる。同時に魚から確かな返事をもらってお、お、いい奴だなとか、軽さから小さいかもなどと経験の物差しを持ち出し、まだ見ぬ魚への予想を組み立て、喜びの時間を過ごしていく。

 

水中に見える答え合わせのご対面をすませ、少々緊張しながらさらに竿を高く上げ、右手の親指をバスの口へと滑り込ませるのだが、ここでバスの口に刺さった釣針に指が触れようものなら暴れられて出血は当然としても、それから帰って親に叱られる恐怖の方がはるかに勝っていた。

そして指相撲の具合に親指と人差し指の第二関節との間にその大口をしっかりと挟んで持ち上げたなら、魚体を空中でしげしげと眺めあげて完結である。

なにもかもが報われたような幸せに浸ってから魚を放して、泳ぎ去った魚の余韻でまた幸せに浸る、そしてまたそんな気持ちになりたくなるものだから、再び投げ込んでみる。

 

ただ釣りたかったし、魚は小さな池の”どこか”に居てくれることを百も承知していたから、必死に読み漁った雑誌やデッキの不良でテープがビロビロと出てしまったのを手で巻きながら見たVHSのあれこれ、こっそり風呂で試した動きのイメージ、雨の日は箪笥の隙間へキャスト、腰の入ったフッキング等々なんでもかんでも試していた。今の自分のように余計な思案など入る隙間のない、真っ白なキャンパスを丁寧で粗野に塗っていくような釣であったと思える。

あれから気付かぬうちに随分と多くの色を帯びてしまったが、それが悪いことにも思えない。今は今の良さがあると感じている。

 

銀や金に踊る鉄片を使って、故郷にいるだろうあの魚達に再会する計画を立てている。
育んでくれた環境と、たぶんそこには日焼けしていて純白な、まだ何も知らない自分が立っているはずだ。

藤井政幸

藤井政幸TailSwing運営代表

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渓流~海までどこでもスプーンを投げる。
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