波紋

目の前でどんどん釣られていく。

道具立てもルアーも立ち位置もキャストもなにもかも違うのだが、それすら霞を掴む様なものでおぼろげにしか解らなかった。覚えたての渓流素人だった私に悔しさがこみ上げる、が裏側には嬉しさもあった。それは賞賛や憧れというよりも好敵手を見つけた喜びである。そこには勝負があり、勝ち負けの価値観でがっちりと固定され、支配された。次はどう攻めようか、どう投げようか、どう流そうか、どの竿で、どの糸で、どの疑似餌で・・・。

魚はいるのだ、だがどうしたことか私には一切反応してくれない。馬鹿にしたようにたれ下げた糸からは微風すら感じることができない、鼻の先をどれだけ通したつもりでも、静かにしても、五月蠅くしても、早くても、遅くても、こちらの存在はまるで無視されているようだ。今も優雅にその美体は流れ揺れているのだろう。この野郎・・・。

 

”あいつに勝つにはどうしたらいいんだ”。この対象が人であれ魚であれ、勝負の時間は夢中であり、夢中は幸福の麻薬である。そこに至る過程にも無数の夢中があって、それがまた勝負を己の中で高め上げ、こわばり、張り詰め、緊張させ、巧くいかないからまた夢中の幸せは続く。

勝つためには練習が必要になる、それを誰かに見られるわけにもいかない。当然単独での釣行が増えていき、少しづつ釣ることができるようになっていく。その途中でふいに落ち着く時間があり、横の木々に揺れる葉の緑、狭い空の澄んだ青、手元に横たわった鮮やかな魚体が勝ち負けにねっとり執着した自身を見透かしているようで、安らぐと同時に不思議な違和感を覚えるようになったが、見えないふりを決め込んだ。もっと勝ちたい、勝たなければ・・・。

そうやって重ねた獲る時間に比例して違和感も積み上がる。?なんでこんな幸せな時間に怒りを覚えるのだろうか?不満と焦りが滲んでは染み込んで来るのだろうか?

どう足掻いてみたところで、あの”はじめての1尾”を超える魚はいないのに。

隙間を縫うように時間を見つけ、時には無理やりこじ開けたりして釣に励む。魚はいつも無垢にその乱れた呼吸、傷ついた体を魅せては流れに戻っていく。

苦心、腐心、忍耐、歓喜の流麗な運び、魚への美しい表現があって、喰わず、水に戻し、ましてやその魚体や育む自然への賞賛を語るにも関わらず優先するのは”獲る”ことにある。そのために磨いた己がいるだろうが、私が望むのはその刀を鞘に入れる時間を増やしてはくれないだろうか。ということだ。

自分でない次の誰か、経験の少ない誰かにその数匹は譲れないだろうか?幸運なことに私は自然に恵まれていた。ブラックバス全盛という時代に過ごせたし、大人たちは水辺で遊ぶ子供の私を見て見ぬ振りをしてくれた。あの当時、遊んでくれる素直な魚がまだいてくれたことを今痛感している。私が釣にどっぷりとのめり込めたのはそれら環境のおかげで、私は気付きもせずただただ愉しんでいればよかった。

今はどうだろうか、入れ替わり立ち代わり投げ込まれる疑似餌に足跡のない場所は源流ですらないような状況になっていないだろうか。貴方がたった今、釣に目覚めようとするタイミングであったなら、その最高の喜びを身近に受け取れる環境はあるのだろうか?管理釣り場から一歩外に出たなら、釣れるものなら釣ってみろといわんばかりの大人がひしめいている状況は美しいだろうか。それは大人と言えるのだろうか。私も、貴方も、もう十分釣ってはいないだろうか。今の時代に、今の環境に、今の稼ぎに、ただ何も考えず甘えて己の欲だけを追及してはいないか。

勿論それは誰に強制されるわけでもない自由だ、いつまで経っても釣れない釣りや獲れない釣りは面白くないということも解る。”今”は私が少数派で普通ではないのだ。

わかりきった1匹はその1匹だけでもう十分過ぎるのではないだろうか。それが水に戻すことを前提とした粋な悪戯(あそび)であれば。

既に我々はCatch&Releaseを広めてくれた巨匠の影を追えるような時代にいるのではないと感じる。先人に感謝し、視野を”今”に広く持ち、独自の解釈を深めた先を見せて、いい加減に次代へ繋げてはどうだろうかと思う。

釣れた魚は持って帰ってナンボの時代に一石を投じた奴がいる。
釣りは釣れてナンボという玄人漁師の時代に私は波紋が欲しい。

一度立ち止まって考えてみてはくれないだろうか。

 

藤井政幸

藤井政幸TailSwing運営代表

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渓流~海までどこでもスプーンを投げる。
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