「おめでとう!よくやったね!!」
満面の笑みでそう声をかけられ、僕は松本さんと固く握手を交わした。
二日間でじつに20時間。
僕達が竿を振り続けた時間。
その最後の最後に、自分でもできすぎだと思う位の結末が待っていた。
本サイトをご覧になられている方ならご存知だろう。
日本三大秘境の一つに数えられる、宮崎のとある村に「サクラマス」の釣れるダム湖がある。
2018年の解禁は、この湖に一泊二日で訪れようと半年前に決めていた。正確には前乗りして車中泊をするので二泊三日。
並々ならぬ根回しと、上司との厳しい交渉の末、二日間の有給休暇を勝ち取った僕たちは解禁前夜に車を走らせた。
狭い車中、二人でウイスキーを飲みつつ、スプーンを手に、まだ見ぬサクラマスや、今年訪れる渓の話をして来るシーズンの幕開けを待った。
車の外は激しい風雨。解禁初日は晴れて風も落ち着いてくるという気象庁の予報に僕たちは楽観的だった。
台風並みの勢力に発達した爆弾低気圧はそう簡単には弱まってくれなかったようで...
山が嗤うとは言うが、この日はゴォーゴォーと吠えていて、湖面には強風で白波が立つほど。
時折突風が土埃を巻き上げながら僕たちを襲う。大げさでなく、しゃがんで釣りをするような状況だった。
普通の人なら諦めて帰るような最悪のコンディション。
そう、普通の人なら。
「あきらめんな。サクラマスは目の前にいるから!」
大兄が僕に向かってか、自分自身に対してなのかわからないが叫んでいる。
いや、何かのスポ根ドラマじゃないんだからと思うが、この人はいつもこんな感じ。ポジティブに捉えれば決してあきらめない姿勢、強靭なメンタルの持ち主。ときに破天荒と言われるが、しっかり釣果に繋げているからすごい。
サクラマスのいる湖を目の前にした二人はみっちり夜明けから夕どきまで湖面に向かってスプーンを投げ続けた。
投げて、投げて。
巻いて、巻いて。
片口イワシ?と思うほどの10センチ程のシラメが二人合わせて5尾。これがこの日の釣果。尺上はおろか7寸、8寸も出てきてくれることはなかった。
暴風が最後まで吹き荒れたこの日、この釣果でも良い方だったそうだ。
このダムに通う先人たちの思い出が詰まった宿へお世話になる。
解禁初日を無事に終え、酒を飲みながら(ヤケ酒!?)この日釣れなかった理由をあーだこーだ話したり、仲間に長電話かけてみたり。
それでも、翌日の準備をして日付が変わる前にはベッドに潜り込んだ。
二日目は前日と打って変わって凪。
ときおり小魚が水面に顔を出すけれど、サクラマスのものと思われる変化は無い。
時折竿を曲げてくれるのはコイ科のこの子。
結局、この日もイダとシラメ数尾でギブアップ。
午後4時半に納竿とした。
いつもの僕だったらここで諦めて2時間半の帰路に就くのだけれど...
悔しい、悔いが残る。釣りたい、納得できる魚を釣りたい。
大兄と二日間も一緒にいて感化されたのか、こんな気持ちが湧いてきた。
「もう一か所、あと一か所だけ行ってきます!」
そう言い残して車に乗り込んだ。
日没の早い山間部なので急いでポイントへ向かう。以前、県北の仲間が教えてくれたダムのインレットへ。
スプーンはスカジットデザインズのテッペンスプーン5.8gベイトフィッシュ(銀)。
翻転潜泳がウリのスプーンだけど、レンジをしっかりキープしてくれるし、スローにリトリーブしてもしっかりアクションしてくれる。この冬に手に入れ、即一軍・開幕スタメン入りを果たしている。
右岸に立ち、落ち込みへ一投目。
流れ込みの底についているとイメージしてカウントダウン。一回だけフリップを入れアピールしてからリトリーブする。
見ていてくれ、ついてきてくれ、食いついてくれ。
祈るようにハンドルを回す。
アクションはつけない。一定のスピードで。
ゴツ! ラインを通して手元に衝撃が伝わる。
銀色の魚体が水中でギラリギラリと強烈にローリングする。
やった、やった、やった!!!
久しぶりの手ごたえに焦りながら、テンションが緩まないようにロッドを操作する。
そして、ようやくランディングできた銀毛山女魚。
サクラマスには及ばないけれど、自分でも想像していなかった結末。
達成感と安堵感で足の力が抜ける。
「うぉ!釣ってるし!!」
大きな声に振り返ると大兄が目を丸くして立っていた。
僕を追って来ていたのだ。
「おめでとう!よくやったね!!」
満面の笑みでそう声をかけられ、僕は松本さんと固く握手を交わした。
2018年の解禁はトラウトフィッシングの難しさを改めて思い知らされるものだった。
それでも、記憶に残る一尾にどうにか出逢うことができたのは、諦めない気持ちだったのかもしれない。
ついに、トラウト開幕。記録も、記憶にも残るシーズンを求めて楽しもう!!