教授とイワナと音楽と(原種を求めてvol.6)

 

教授と初めて釣りに行ったのは今年に入ってからのことだった。

ゴールデンウィーク明けのある日、夜の8時くらいに突然電話がかかってきて、

「今から○○川に行きませんか?」とおっしゃる。

予定していた同行者が急な用事で行けなくなっての電話だった。隣県である大分県の川でヤマメとアマゴの境界領域を調査するとのこと。ざっと見てゆうに300㎞以上はある距離。

もう自分にアルコールが入っていることを伝えると、「私が運転しますから!」と。

しばらく悩んで行くことに決めた。

道中、暗い高速道路を走りながらお互いに色んな話しをしつつ道に迷って目的地に着いたのは夜中の3時。2人してふぅ、と安堵の息を漏らし、缶ビールのプルタブを引いた。

その時、「あ、そうだ。」と教授がふと思い出したようにタブレットを操作し、音楽を流してくれる。なんでもカナダのインターネットラジオの番組をダウンロードしたものらしい。

薄暗い車内に軽快に、でも情感豊かに漂ったのは意外にもケルトミュージックだった。

「留学していた時のホストマザーが好きでね。それ以来私も聴くようになったんですよ。」少し照れくさそうに話す。

ビールを少しずつ流し込みながら聴くそれは日本のワビサビ、南米のサウダージなんかに近い哀愁・郷愁を含んでいて、ロングドライブで疲れた心身を優しく撫でてくれた。

その時は結局ヤマメやアマゴの顔を見ることはなかったが、とても思い出深い1日になった。

それから数週空いた5月の終わり。今度はイワナの調査釣行で同行することになる。
今度は自分が村岡くんを、教授はゼミの学生さんを1名それぞれ同乗させての2台編成。2班に分かれての在来調査だった。

夜中の12時にはエントリーポイントに到着し、軽く乾杯し、仮眠を取った。

数時間後、目を覚まして車外に出ると、ブルッと身震いがした。車の温度計を見ると10℃を切っている。前日は20℃を越える陽気だったからかなりの気温差だ。しかも目の前には霧吹きで散らしたような雨が舞っている。

この気温差は釣果にきっと影響するだろうなあ。4人で目標にした地点まで歩きながらそう思った。

この日のプランは沢づたいに数㎞上流にある分岐点まで歩き、二手に分かれてサンプル採取を行い、源頭付近まで詰めてからまた沢づたいに戻ること。往復で20㎞近くある少々ハードな行程。

タックル類、食料、飲み水といった通常の持ち物に加えてサンプルを採るための大量のバイアル瓶、GPSアプリを搭載したスマホと予備のバッテリー、連絡を取り合うためのトランシーバー。これらに加えて教授は生体を持ち帰るためにビクとエアポンプも持参している。それに湯沸かし用のストーブとコーヒーセットまで持ってきていて、4人の中で一番重装備になっている。

さすがに重そうなので、「それ、持ちましょうか?」と何度か問いかけても、

「いやいや、いいですよ。」と頑として聞き入れない。

自分より一回りも年上なのに。

大学教授と言っても、机の上だけで何かをやってる人ではない。軽快さこそさすがにないけれど、スタミナと集中力がとんでもないのは前回の釣行で良く分かっている。何よりもフィールドワークを大切にし、現場の情報を足で稼ぐ方なのだ。

しかし、それにしても寒い。
標高1,000㍍を超えた沢に降る雨は、4人のレインギアに「ポツ、ポツ」と不規則なリズムを刻みながら、止むことなく山の冷気を運んでくる。

始めの頃は大学生にレクチャーするつもりで投げてもらっていたが、全く釣れない。どうにかしないといけないと思い、二手に分かれる直前に少しの区間やらせてくれと願い出た。

この気温差だ。きっとかなり活性は低いだろう。ただ投げて巻くだけではかなり厳しいと思った。4人でいる内に釣り方を掴んでおきたかった。
良さそうなポイントにスプーンをキャストしてみるが、全くコンタクトがない。

ボトムすれすれをスローリトリーブ。食わない。

リトリーブの最中にアクセント的なフリップ。これもダメ。

ならばとキャスト後、ボトムを取って2~3度フリップさせ、フォール。その後ほんの少しだけステイ。すると、やっと、ゴゴンと来た。

サンプル採取を学生さんに任せて、再び同じポイントにキャストし、少し首を伸ばしてアンサーを目で追う。

限りなく透明な水の先でフワリ、クラリ、と舞うアンサーにまとわりつくようにイワナがじゃれている。試しにそこからリトリーブすると追わない。顔をボトムに向けてついばむような動作のみしかしない。やはり活性はかなり低いようだ。

「リトリーブはダメだ。ゆっくりボトムバンピングさせないと食わないね。」

こう伝えて二手に分かれた。

この日主に使ったスプーンはアンサーの3gとアングラーズシステムのバックス3.8g。前日との気温差から来る低活性。また、イワナ以外の魚が見えないこの流域、捕食しているのは虫や沢ガニなのではないかと考えて、このフリップ&フォールを主体に釣りをした。
そして、実際これが当たりだった。この日はこのパターンでしか釣れなかった。

元々魚影の濃い沢だから、パターンを掴んでしまえば後はイージーに遊んでもらうことが出来た。

教授より先に先にと進んで、イワナを釣って、弱らないようにランディングネットを沢に漬けながら、下流の教授のところへ運ぶ。
教授はイワナを受け取ると手慣れた手つきでサンプルを採り、記録を残す。
教授に、たまに「ここ釣ってください。」と言っても、「いやいや、どんどん先に行ってください。」とおっしゃる。

もちろん決して嫌なことではない。自分は言われた通り谷をズンズンズンズン先に進んではイワナをネットに2~3匹入れて、エッチラオッチラ教授の所にイワナを運ぶ作業を繰り返した。

サンプルを採り終えたイワナは教授が優しく流れに戻す。
もう数は充分取れた。しかし一点、気になっていることがあった。

前回の釣行の時(天空魚)釣れた白い斑紋のイワナがここまで1匹も釣れていなかったのだ。
全てオレンジ色の鮮やかな斑紋を持つ個体ばかり。この前釣れたポイントをだいぶ過ぎても状況は変わらない。

「松本さん、そろそろ戻らないと集合時間に間に合わないよ。」
別れた地点に戻るタイミングが迫っていた。

自分は確信犯的に、

「いいんじゃないですか。待っててもらいましょう。」と笑いながら言った。

「そうですか。分かりました。」そう応える教授の顔も笑っていた。

多分、教授も自分も、根はやんちゃ坊主なのだ。

それからしばらくして、そのイワナは釣れた。水はだいぶ少なくなり、標高はちょっとした山の頂上くらいにはなっていた。

「先生!ほら!違うでしょう!?」

「本当ですね。確かに違う。」

ようやくミッションコンプリートだ。もうここで終わりかな、と思った次の瞬間だった。

「まだ釣れるかもしれませんよ。もう少し先に行ってみてくれませんか?」

思わぬ言葉だった。多分もう頭のネジが何本か飛んでいってしまっていた自分は、ひたすら嬉しく、楽しくなってしまってすごいスピードで源頭を目指してラン&ガンしていった。

そうして、水がほとんどなくなってきた、まさしく源頭付近で出た1匹。

ヒットした瞬間に尺上であることは分かった。
慎重に、でも素早くリーリングしてネットインさせた。
深山の奥深く、霧雨に濡れながら、1人で吠えた。
体色は白い斑紋のそれではなかったが、三ツ口になりかけた、いかつい顔をしたオスの尺イワナ。

友人たちに、
「今年の渓流シーズンの目標は、原種で尺上のヤマメとイワナ。」
なんてうそぶいていたのだが、このイワナ、もしかするともしかするかもしれない。
気がつくとだいぶ教授と離れていた。今走り登ってきた谷を今度は駆け下る。

教授の姿が見えたとき、思わず「先生~!!やりましたよぉ!!」と腹の底から叫んで伝えた。

・・・・・・・・・・・・・・・・

一体どういうわけか、集合地点に向かって沢を下りだした途端、今までうすら寒い霧雨で灰色だった景色が見事にその色彩を取り戻してくる。
木々にかぶさる若い葉がきらめきを取り戻し、さわさわと揺れる中、教授と自分は2人が待つ集合地点へと歩いていった。

「ごめーん。遅くなってしまった。」

半ばのあきらめと待ちくたびれた疲労感でこちらを見つめる若者たちに詫びをいれる。どうやら彼らが行った沢はイワナが薄かったようだ。ただでさえ早上がりだったのに、自分たちの大胆な遅刻。随分長い間待たせてしまっていた。

少し遅くなった昼食を皆で食べていると、今までどこかに隠れていたのだろう。カゲロウたちが自分たちのまわりを舞い始める。何となくさびしいような気持ちになる。

楽しい1日が終わるのは、いかにも早い。

梅雨が明け、うだるような暑さが続く7月になっても、時折あの5月のことを思い出す。
そんな時、頭の中に流れるBGMは教授の車で聞いたケルトミュージックだ。

人生には様々な出会いがあり、それぞれに生きる価値を与えてくれるものだと思うが、自分にとって教授との出会いは特別に感慨深く、見えない縁(えにし)に感謝の気持ちが湧き上がる。

トラウトフィッシングをする中で、情熱的な研究者と出会い、その仕事の一端に触れさせてもらうこと。
未だ解明されていないテーマに一緒にチャレンジできること。
一緒に酒を飲めること。

何より、あの豪放磊落(ごうほうらいらく)なんだけど底抜けに明るいキャラクターと同じ時間を共有できることがたまらなく楽しい。

人生とは、かくも没頭できるものなのだと、教えてもらっているような気がするのだ。

~ Tackle Data ~
Rod : Anglo and Company Paragon Gseries 511
Reel : SHIMANO STELLA C2000SHG
Line : YGKよつあみG-SOUL OHDRAGON 0.4号
Leader : クレハ(KUREHA) ハリス シーガー グランドマックスFX 1.0号
Spoon : サトウオリジナルアンサー3g(カラー:O8)
Hook : VANFOOKスプーンエキスパートフック(ヘビー) マイクロバーブ ♯8
Camera : OLYMPUS OM-D EM-5

松本 宏人

松本 宏人

投稿者プロフィール

生まれ:1970年
メインターゲット:トラウト
メインフィールド:湖
-メッセージ-
幼少の頃から様々なルアーフィッシングに親しむ。
物をなくすのは、単にだらしないだけではないかとの噂も。
宮崎市在住。

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