AM7:00
師走のある日。気温、マイナス2度。
激しかったターンオーバーもここ最近の冷え込みで収まっているだろう。数日前に訪れた友人が言うように、水色もとてもクリアーだ。
去年はこの時期までに4匹のレインボーと会えていたが、今年はまだ1匹も、ない。
ここまで、チャンスがなかったわけではないのだけれど、タイミングを数回、微妙に外された感がある。今日こそは初の出会いを、だ。
だがしかし、開始数投で気づく。この時間、このポイントで、この水中感覚。
かなり厳しい。いい日は湖底の水流や水温跳躍層の抵抗が感じられる。スプーンのリトリーブ抵抗が違う。ジギングで潮が効いているときに似ている。今日は厳しい。「スカッ」「フコッ」と抜けてしまう。
だけどまだ分からない。日が昇ってくれば、湖底から対流が起きる。きっとそうだ。まだ湖が目を覚ましていないに違いない。一投ごとにガイドに付く氷を手で溶かしながら、信じてキャストを続ける。
AM10:30
陽が当たるようになったけど、やっぱりこのポイントはダメだ。日当たりの良いあのポイントに行ってみよう。
そう思った矢先、とても懐かしい人がここにやってきた。
会うのはすごく久しぶりだけど、メールや電話ではよくやり取りはしていた。
リアクションバイトするように彼に近づき、話しかける。
すると、
「北海道はいいぞ!魚はうじゃうじゃいるけど、絶対簡単には喰わないよ!」
おもむろに車からプリンターで印刷したレインボーの写真を出してきて、
「これがこの前俺が釣ったのじゃ!60オーバー!80オーバーも掛けたけどなあ!」
「北海道で数日やりきれば、間違いなく釣りのスキルが上がる。お前も北海道に行け!」
何故だかこの南国、宮崎のこの場所で北海道に行けと迫ってくる。そんなこと言われても、だ。
でも、その言葉とは裏腹に当の本人がロッドにフライラインを通す指はもどかしそうにかなり急いでいる。
「いや、熊本の○○の○○が来てるって言うからよ・・・。」
何となくうれしくなって、
「釣れたら写真撮りますから電話してください。」
と言うと、
「どうせ釣れんよ!ちっと散歩をしてくるわぁ!」とかなりの早足で去っていった。要するに釣り馬鹿なのだ。いいじゃないか。
AM11:00
場所を移り、実績ポイントにキャストする。水中感覚は相変わらずだ。数投目、バイト。だが、彼ら特有の反転する衝撃的なものではない。一瞬真空状態になるバス特有の吸込むようなバイトだ。まだ湖の中は冬になりきっていないのか。
近くに寄せ、姿を確認し、ランディングすることなくロッドティップをシェイクしてリリースする。
PM1:00
希望は常に持っているけれど、現実も認識しないといけない。
分かっている。今日はダメだ。少しの休憩後、ウェーディングしながらキャストを再開した直後、後ろからふいに話しかけられる。
「こんにちは。いいですねえ。すっかり1人の世界じゃあないですか。何が釣れるのですか?」
「虹鱒を狙っているのですが、今日はかなり難しいですね。」
「そうですか。でも、いいですね。」
「実は私、カナダでキングサーモンを釣ったことがあるのですよ。40ポンドだったから、18キロくらいかなあ。」
「え!?本当ですか!?それはすごい。一生の思い出ですね!」
「昔、アンカレッジ国際空港に3年位勤務していて、その間に釣ったのです。それはそれはすごいファイトでしたよ。」
「うらやましい。私もいつか行ってみたいですねえ。」
「ええ、ぜひ。」
「では、どうぞ頑張ってください。」
ほんの数分の会話の後、自分の心に大いなるロマンを残してその初老の紳士は去っていった。
PM2:30
昼食をとるため再び朝一のポイントに戻る。
ボート屋のお兄さんと談笑しながらラーメンを食べていると足繁くここに通ってくるフライフィッシャーがやってきた。
仕事帰りで、2週間ぶりにのぞきに来たらしい。
ひとしきりここ最近の話しをして、釣りを再開すると、すぐに気づいた。
「○○さーん。ちょっとこっち来てくださいよ。」
「これ。。。」
「あぁ、手榴弾だね。」
この後、結局警察が来て、ここは封鎖されてしまった。自衛隊が来て無事回収し終わったのは5時間後だったらしい。
PM3;00
最後の望みを託してポイント移動。ベイトフィッシュが多いところを目指す。
そして夕暮れが迫ってきた頃。
PM3:30
ものすごい数の小さな羽虫が山の端の影と日なたの境目に太い柱のように飛び交っている。
「うわぁ。」
思わずうめくように独り言を漏らし、カメラを持って吸い寄せられるように向かう。えもいわれぬ幻想的な光景。
気がつくと、レインボーと出会えなくて四苦八苦する自分はもうそこにはいない。この日のさまざまな体験だけで十分満足だった。
分かっている。
例えレインボーに会えなくても、雨だろうと、風が強かろうと、ここに来てロッドを振る日は、いつだってかけがえのない最高の1日なのだ。
ここは、やっぱり、聖地なのだ。