木々の上にゆっくりと浮上する朝日は見事な金色の光を放ちながら、その熱を湖面に放つ。
御池の朝マヅメはそんなにいい思いをしたことがない。しかし、この日は釣り納めだった。同行者に聞いたら、この夜明けを見たいとのこと。まだ暗い中、いつもの場所に向かった。
そしてなぜか、この前夜はほとんど眠ることができなかった。
彼自身、今、そしてこれからも多くあるであろう人生の転機の渦中にある。
釣り師は心に傷があるからフィールドに行く。例え釣れてもそうでなくても。
リリース直前、極限の疲労から回復し、こちらを睨みつける金色の眼には怒気とともに神々しさが宿っていた。
龍神の子を釣ってしまった。
でも、まだ子どもだ。神殺しにはならない。この子は何としても無事にリリースしなければいけない。
直感的にそう感じた。
この御池でのこの美しく、厳ついレインボー。サイズ以外は自分なりにパーフェクトゲームだったと思う。
湖のトラウトフィッシングは難しい。でも自分はこの釣りが一番好きだ。
数年通いつめて、このフィールドでの自信はある。
といってもいまだにボウズをくらうこともあるのだが。
ポイント、時合、タックルセレクト、キャスティング、カウントダウン、リトリーブ。
全て何度も考え抜いて、実践してきた。
そして、実は、最後の壁になっていたのがドラグ調整だった。ここ最近は何度もランカーサイズをバラしていた。
もちろん、ドラグの重要性は知っていたのだが、結局まだぼんやりとでしかなかったのだ。
雑誌、ネット、さまざまな情報をあさる内、やっとはっきりと分かった。霧が晴れた。体現できるようになってきた。
湖でのトラウトフィッシングはキャスティングで飛距離をかせぐ必要がある。
特に陸っぱりの場合はそうだ。御池は基本ドン深な湖で、シャローエリアはほとんどないので、その傾向はいっそう強くなる。
ラインは必然的にPEにたどりつく。柔軟なナイロンラインと違ってPEはほとんど伸びない。クッション効果がない。
ナイロンに比べると早アワセ、浅いフッキング、口切れが多くなり、とにかくバレやすい。
だからアングラーが意識的にクッション部分を作らないといけない。
具体的に言うと柔らかいティップのロッドと滑らかなドラグ。この2点。しかし、ただ単に柔らかいだけのロッドだと今度は飛距離が出ずらくなったり、リトリーブ時の感度が悪くなる可能性がある。
そしてドラグ値の目安。この日は11gのスプーンだけを使っていたのだが、これで強めにフリップしたときに「チッ」となるくらい。ルアーの重さは違うが、感覚的にはエギングの際のドラグより少しだけ強め。
これだと、「ガツン!」というバイトがあって、反射的に大アワセをくれると「ジャアッ!!」とラインが出るが、これくらいがちょうどいいと思う。
この1匹のファイトは特にタフだった。
硬質なバイトの直後、段々と手ごたえが軽くなる。ふと手元を見ると、スプールの逆回転する速度がみるみる早くなっていく。結構な距離、ラインを引き出された。虹色の砲弾とでも言いたくなるパワフルさとスピード。
近くに寄るまでは落ち着いて一進一退の攻防が出来たが、姿が見えた瞬間、その美しさに一気に血が逆流した。他のフィールドは知らないが、御池ではおそらく1年に1回会えるかどうかの見事なレインボー。
祈るような気持ちで慎重にファイトしながら、思わず何度も大きな声で話しかけていた。
「頼む!!バレないでくれ!!」
「ちゃんとリリースするから!」
文字どおり必死だった。
岸際に来ると相手も力を振り絞ってくる。寄せてはラインを出される、といったやり取りが何回も繰り返された。
とても長い時間に感じられたが、おそらくは数分に過ぎないドラマ。
ネットインした瞬間、同行者に魚を預け、大の字に寝転び、声にならない声で思い切り叫んだ。
2人がかりで丹念に丹念に蘇生し、撮影に付き合ってもらい、そのレインボーは再びゆっくりと湖底へと帰っていった。
また、会おう。次は80オーバーになっていてくれ。
ロッドはAnglo&companyのParagon、PR743。しなやかなティップ。粘るミドル。たくましいバット。最高の1本。たまらなくセクシャルな釣りができる愛竿。
スプーンはサトウオリジナル、アンサー11g、GKYカラー。
結局、今年はほとんどの思い出をこのスプーンに作ってもらった。
だいぶ年季が入ったコイツは、もう殿堂入りさせようと思う。
この1匹ですっかり満足した自分。
藤井くんに電話で話すと、「もう釣らないで、ちゃんと教えてあげてください。」と。
ポイントを変え、同行者に動作一つ一つのディテールをレクチャーする。
出来すぎた話しなのだが、一通り教え終わった後の一投目。
「ゴツッ」と一瞬ティップが引き込まれた。
彼から、「おぉぉ。。。」とうめき声がする。
そして、しばらくして、パラゴンを彼に貸した直後、「ドスッ!!」ロッドが絞り上げられる。
ロッドの曲がり具合からかなりのランカーだと分かる。
数分後、上がってきたのは、見事なバス。ジャスト50cm。
ボート屋の主人が、「最近は誰も何も釣れていないですよ。。。」と言っていた中、見事な一匹。
ブロンズバック。
バケットマウス。
ポットベリー。
全てを兼ね備えた御池バス。
スプーンはまたしてもアンサー11g、GKYカラーだった。
神さびた湖、御池。
東側にある皇子港の皇子とは、神武天皇が幼少時代、ここで遊んでいたいう伝説に由来する。
眼前にそびえる高千穂峰の山頂には、ニニギノミコトが天空より突き刺したという天之逆鉾(あまのさかほこ)が鎮座する。
ここで老成化したレインボーには神が宿る。龍の化身となる。自分はそう信じる。
そして何故だか、そのサイズは80オーバーだと信じている。
龍神をこの手に。
急がず、緩まず、愉しみながら。
来年も、その次も。いつかその時まで。