もうずいぶん前に亡くなってしまったが、ジョー ヘンダーソンというプレイヤーの「リコーダ ミー」を聴きながら昨日の釣行を振り返っている。一昔前のジャズ・テナーではこの人か、デクスター ゴードンかという位好きなプレイヤーだ。
一聴するとそれほど派手ではなく、アドリブも独特のフレージングでつかみどころがなさそうだが、しばらく聴き続けているとその透明な美しさがじわりと沁みてくる。特に気分を落ち着けたい時や、ふと遠くを見つめたくなるような時、彼はぴったりだと思う。
名盤、「ダブル・レインボウ~ジョビンに捧ぐ」の中の1曲、”Once I loved”。これなんかも最高だ。自分があの世にいっちまった後も聴き続けたい。洗練されたハーモニーの中でくぐもるように、つぶやくように繰り広げられるひそやかだが色彩豊かなインタープレイ。日本人のワビサビに繊細に寄り添いながら、優しく混ざってきてくれる名演。ぜひ、聴いていただきたい。
しばらく聞き続けて、煮え立つようにざわつき続けてきた心がやっと、少し、落ち着いてきた。
わずかだったけれど、勝算がないわけではなかった。
九州各地のアングラーが3月1日を目がけて一斉に集まる、九州の最奥、上椎葉ダム。
陸封ヤマメとしては、最大級であろう60㎝オーバーが狙える夢の湖。ところが、今年は明らかに様相が違っていた。解禁から誰一人としてまともなサイズが釣れない。現場でお知り合いになった方々からの情報や、ネットで検索してみても皆無。全く釣れたという形跡がない。
しかし、暦を見るとこの日は満月、海では大潮だ。ここ最近の気温は時折初夏を思わせるほど高い。もしかしたら、ベイトとなるワカサギが産卵のために遡上するのではないか。そして、それにつられてランカーたちも活性を高めるのではないか。
そんな期待を胸に真夜中、片道150㎞、約3時間の道のりをひた走った。
この日までのべ5日間、1回平均10時間、合計50時間はほとんどここでキャスティングし続けている。確かにまともなサイズは釣れていないけど、自分たちには手応えがあった。
解禁からここまで、ああでもないこうでもないと言いながら試行錯誤を繰り返してきて、パズルのピースを組み合わせていった。
エリア、レンジ、リトリーブスピード、スプーンのウエイトとカラー。
リーダーの材質はフロロか、ナイロンか。
スプーンにローリングスイベルは付けるのか、付けないのか。
そしてとても短いが、食い気が立つ時間帯。まだフッキングには至っていないが、行く度にランドロック特有の「ガツッ!」という硬質なバイトが数回手元に伝わってきた。あと少し、もう少しだ。
手前味噌で恐縮だけど、自分たちがやっていることは少なくともこの九州エリアでは他にやっている方はほとんどいないと思う。
それは一言で言うと、ルアーをむやみに動かす釣りではなく、スプーンを通して様々な情報を「感じる」釣りだ。
狙ったエリアにキャストし、思ったレンジまでスプーンを細かく刻みながらカウントダウンさせる。5秒、10秒、15秒、20秒、25秒、そしてボトム。
リトリーブを開始したら、手元に伝わる情報に集中する。例え釣れない時間でもむやみにロッドアクションを付けたりせずに、感じようとすれば実に様々なシグナルが伝わってくる。
突然スプーンの引き抵抗が変わるのは水温跳躍層、ダム湖の場合は湖底にある川筋の流れもある。また、ストラクチャーまわりでも引き抵抗が変わることが分かる。
何度も同じエリア、レンジにキャストし続けることで分かることも多い。
それまで何もなかったところで「ブン」とか「コッ」とか手元に伝わってくるのは魚からのコンタクトだ。
「コトコトコト」という感触は間違いなくチェイスされている証。これが「ゴトゴトゴト」という強いものに変わればおそらく鼻先数㎝までスプーンに迫っている。ここまで来ればバイトはほぼ間違いない。
こんな経験からランドロックのヤマメはスイッチが入るとレインボーと比べるとかなり長い距離をチェイスしてくることも分かってきた。
様々なシグナルを組み合わせながらエリア(横方向)と、レンジ(縦方向)を特定し、じっくりと腰を据えて狙う。
きっとはた目から見ると投げて巻いてくるだけの単調な作業に見えるだろうが、それは全く違う。
「感じて」「考えて」「対応していく」この面白さは渓流や本流といった川のゲームとはまた異質のとてつもない面白さがあるのだ。
こんなことを繰り返してきて、リールの重要性も分かってきた。
よく、高級リールを差して「〇〇を釣るのにあんな高いモノは必要ない。」という話しを聞く。それは確かに一理あると思う。
リールは単なる糸巻き機だ。ドラグは1万円台のもので全く問題ない。こんな話しもそうだ。自分もずっとそう感じてきた。
しかし、現代のタックルにおいてリールはレーダーとしての役割を持ち得る存在になっている。軽量なボディ、どんどん無抵抗に近づいていくギアとギアの噛み合わせ、ノイズとなる要素を減らせば減らすほど感じ取れる情報の質と量は増えていく。これに超高感度のPEラインを組み合わせればなおさらだ。
例えるなら、昔のブラウン管と最先端の4Kテレビくらい情報量は変わってくるのではないか。大げさでなくそう感じている。
魚を釣るためだけではなく、釣れない時間をどう楽しく、有意義に過ごせるか。リールの役割はこれからもどんどん進化していくんだと思う。
長い年月を一緒に過ごしてきて、リールフットの塗装が自分のグリップの形に合わせてはげたダイワのブラディアもそろそろ第一線から引退させるタイミングが近いのだろう。
今季はまず渓流タックルから変えるつもりだ。まだリリースされたばかりのあのリールに。
「どう?」
「今、あそこでちょっとしたボイルがあって、バイトがあったけどノリませんでした!あのバイトはイダ(ウグイ)じゃなかったです。」
湖に気配が充満している。人間の五感は脳が整理できる情報量よりはるかに多くのことを感じている。大事なことは微細な違和感を素通りしないことだ。
「いるね。」
「いますね。」
目の前に彼らは間違いなくいる。自分と村岡くんとの認識は間違いなく一致していた。
そして、突如。
「 !!!!」
パラゴンにとんでもない衝撃が加わった。今でも上手く擬音で表すことができない。トラウトでは今まで体験してきた中で間違いなく最大のものだ。まるで、車がぶつかってくるような、コンクリートブロックに頭を押しつけられて、その上から石で殴られるような、とにかく「痛い」としか表しようがない。その一瞬で頭の中は真っ白になってしまった。それでもそれから数回キャストをしたが、それはそれっきりだった。
「クソッ!! クソッ!! クソッ!! クソッ!!」
全身に力を込めて大声で何度も吠えた。
なぜノらない!?
そうか、多分フックのサイズが小さくてすっぽ抜けたんだ。きっとそうだ。
パニックに近い状態になりながらもそう思い、ヴァンフックのシングルを♯2から♯1に替えようとする。が、なかなか上手くいかない。ふと自分の手を見るとブルブルブルブル小刻みに震えている。
ボトムまでカウントダウン25秒のポイントでテンションフォール15秒。中層。イダ(ウグイ)ではない。何よりあの痛みを覚えるバイト。間違いなかった。
スプーンはサトウオリジナルのアンサー、11グラム。カラーは特注のワカサギを模したもの。友人からは「マツモトワカサギ」なんて嬉しい言葉をもらっている。
ここまで、湖でどこでもほとんどこのスプーンと一緒だった。間違いなく次世代に残すべき名品。
きっとこれからもこのスプーンでこの釣りを楽しんでいくんだと思う。
しかし、それにしても、悔やんでも悔やみきれない一瞬だった。
その後、ポイントをいくつか変えるがこの魚のみ。ほとんど同じようなタックルを使っていて、何故だか村岡くんばかりに釣れていた。対象魚は違うがとても不思議な現象だった。
まだまだこの釣りには自分たちが気づいていない深淵がたくさんあるに違いない。
実は、ダムの釣りは3月いっぱいで終えるつもりで、今回が今季最終釣行のつもりだった。
咲いても散っても、ダムのサクラは今回限り。そう決めていた。
しかし、どうにもこうにも収まらない。
何だかその昔の高田延彦対ヒクソングレイシーを思い出してしまうが、「もう一丁!」。しぶとくあと1回だけは挑戦させてもらおうと思う。
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冒頭のジョーヘンダーソンの名曲、”Recorda me(リコーダ ミー)”の意味は”Remember me(リメンバー ミー)”と同じらしい。
「忘れないで」、ちょっと乱暴に言うと「覚えてろ」。か・・・。
準備を完璧にして、心を整えて、感性を研ぎ澄まして、自然への畏敬の念を忘れずに、今季、もう一度だけ。