”Jesus cured the blind man.(神は盲目の男を癒やした。)”
少しショッキングな歌詞が朗々と紡がれる。裏腹に柔らかく、しかし抑制されたドラムのグルーブが独特の緊張感と透明感を醸し出す。もう20年以上前にリリースされた曲なのに、その硬質で洗練されたサウンドは古くささなんてみじんも感じさせない。
Me’shell Ndegeocelo(ミシェル ンデゲオチェロ)。昔、弟がふとした時に教えてくれた彼女のサウンドは今でも自分の心を掴み続けている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
しかし、一体どういうことか。4月某日、その前日まで20度を超えていた上椎葉ダムは突如春の嵐に見舞われた。奇しくも解禁日と同じか、それ以上の強風が木々を揺さぶる。
しかも、気温が低い。ふと遠くを見やると雪雲が峰を覆っている。
そうこうしている内にとうとう頭に暴風混じりの雪が降ってくる。
これは、ダメだ。そう感じながらも盲目的にキャストを続けた。
こんな時、自分はどこかネジが外れてしまうらしい。これはこれで楽しくなってしまう。トラウトには冬景色が似合うとかなんとか、芸術に忍耐は不可欠だとか、意味不明なフレーズが頭を駆けめぐる。
隣で露骨に「帰りましょう。。」というオーラを発する友人に。
「まだやるよ!あと少しだけ!」と告げる。
結局、タイムアップまでに戯れてくれたのは彼らだけ。
またしてもランドロックの夢は来年へと持ち越しになった。
5日間と半日。総キャスト時間、55時間。
今年、ここの神は盲目的な男を癒してはくれなかった。
そして翌週、リハビリを兼ねての渓流調査。ここのヤマメは原種の可能性がある。魚影が薄いことは分かっていたが、それはまあいい。久しぶりの沢歩きを楽しみながら、美しい景色を愛でよう。と思っていた矢先、ここでも本格的な春の雨。レインギアの奥までずっぽりと濡れる。
案の定ヤマメは全くいない。遡行距離だけがずんずんズンズン伸びていく。
おまけに、国土地理院の地図上ではしっかりと点線が付いている道はあちこちで崩れ、危険な移動を何回も何回も迫られる。
村岡くんのスマートフォンにあるフィールドアクセスには自分たちが通った軌跡がジグザグに記されている。
ふと、「松本さん、もう10㎞歩いてますよ。」とぼそり。まだヤマメは全く釣れていない。
しかし、またもやネジが外れた頭はむやみにアドレナリンを分泌し始める。
「これで釣れたら、きっと原種だぜ!」
その直後、何度目か分からない高巻き後の1投、やっとの出会いが訪れた。妙に黒っぽいその姿態は原種への期待を抱かせる。
この日はサンプル調査の意味もあった。宮崎大学の岩槻教授にもらった水槽を使って、念入りに撮影を行い、アブラビレの一部を少しだけ頂戴した。
スプーンは今シーズンから使うことを決めていたアングラーズシステムのバックス。長野県の有名アングラーに「ヤマメを釣るためのスプーンですよ。」と言われて楽しみにしていた一品。
リトリーブした第一印象は、かなり鋭角的な動きをするスプーン、という感じ。手元に伝わるバイブは「コトコトコト」と際だって硬質だ。自分が使う他のスプーンのバイブが「プルプル」とか「ブブブブ」という種類のものだからかなり特徴的だと思う。イレギュラーアクションが大好きなヤマメには確かにもってこいのスプーンだと感じた。
また、デフォルトで付いているバーブレスフックもフトコロが深くて刺さりやすく、バレにくいものだった。さすがの有名スプーン。これから使い込んでいくのが楽しみだ。
それから数百メートル上流でまた1匹。やはりバックスの黒金だった。
この日は往復21㎞歩いてこの2匹のみ。しかし、やっと1ヶ月遅れの渓流シーズンが始まったという実感が沸いた1日だった。
原種を探す旅はいかにもロマンに満ちていて、行きたい渓流がいくつもある。とても幸運なことに、去年から今年にかけて色んな方から貴重な情報をたくさんいただいている。自分に許された時間ではとても足りないくらいの。9月の禁漁まで出来るだけ多くの沢を訪れたいと思っている。
よく、色んな釣りでサイト(sight)フィッシングという言葉が使われる。
トップウォーターのルアー、ドライフライのフライフィッシングなどがそうだ。
魚群探知機なんかを使った釣りも広義ではサイトフィッシングの部類に入るだろう。
しかし、反対に、ブラインド(blind)フィッシングという言葉を聞いたことはない。
それはきっと本来、釣りというものが見えない水の中に糸と針で挑戦する行為に他ならないからだろう。元々釣りとはブラインドなものなのだ。
元々、自分はブラインドな釣りが大好きだった。五感を駆使して、見えない水の中をイメージする。感覚を研ぎ澄ますと、感じられなかったことが感じられるようになる。手と指は脳よりもはるかにすぐれた感覚器官だということが分かる。ルアーフィッシングにおいてスプーンの釣りはその際たるものだと思う。
そんな思いを今まで何度もさせてもらっているから、この釣りはやめられない。
例え何十時間も何も起こらない湖面と対峙させられても。
例え20㎞歩いて小さなヤマメ2匹としか遊んでもらえなくても。
それはそれでとてもとても楽しいのだ。
果たしてブラインドなのは釣りそのものなのか、釣り人その人なのか。
おそらくはその両方なのだけれど。
とりあえず、当面はこれが神様が与えてくれた道だと思って、今季も精一杯愉しんでゆこうと思う。