春色の砲弾

 

御池 夜明け
正月明けからしばらく、仕事が特に多忙だ。

「忙」という字は「心を亡くす」という意味がある。確かにこの繁忙期が終わる直前にはいつも心身のバランスを崩しそうになる。

喧噪が終わって一息ついたある日、御池に行った。そして、出会えた。

こんな日の夜はいくら呑んでも酔わない。

睡眠不足のうえ、夜明けから夕方まで真冬の寒風と冷たい湖水にさらされた身体にウイスキーをいくら流し込んでも、それは胃袋でとぐろを巻くことはない。

まるで全身の毛穴から虹色の蒸気となって広がっていくような、鮮やかな幸福感。手のひらに残るロッドの感触だけで、酒気は昇り、華となる。

御池 フライマン アングラー
この日は、前日から後輩の村岡くんがフライマンの方々と一緒にバンガローに泊まっていた。

いつも自分たちの他にはバサーとしか会うことがないこの湖で、トラウトに魅入られた人たちと時間を共有できるだけでも幸せなこと。

長年握りしめられ、細くなって、すっかり飴色に変色したフライロッドのコルクを横目で眺めながら、簡単な会話を交わした。

御池 虹鱒 ファイト
それはまさしく砲弾だった。

ほぼ11時ジャスト。村岡くんが用事のため帰ることを自分に告げたその瞬間のこと。
いきなりパラゴンが何の前触れもなくバットからぐにゃりと曲がった。

「来た!!」

「え? え? 嘘でしょ!?」
「これは獲らないといけませんよ!!」

ヒットしたあたりに目を移すと、40m以上沖で全身をあらわにしてジャンプ。

でかい。まるで菱餅のような体型が見えた。

ドラグはきちんと調整しているが、それでも違和感を覚えるくらい苦もなくラインは引き出される。深みへ、水面へ、右へ、左へ、あらゆる手段を使って抵抗してくる。スピード、パワー、完璧だ。ジャンプするカンパチだ。

これだけ縦横無尽のファイトをされると、PEラインに糸ふけが出やすくなる。バラしたくない。その一心で及び腰になりながらロッドを寝かせ、あえて必要以上にベンディングカーブを作らないよう慎重にファイトする。ジギングで学んだ釣り方。

前々日に福岡のカスケットで新調したばかりのウェーダーとシューズで水に入り、ランディングネットに手をかけた。

御池 虹鱒 アングラー
そして数分後、日差しだけは春の気配を告げる中、そのレインボーは自分のところにやってきた。

御池 虹鱒 撮影
多くのフライマンと村岡くんにまばゆいばかりの祝福を受ける。
彼女の真の価値を知る人たちとこの時間を共有できたことが、実は何より嬉しかった。御池でこのレインボーを釣ることはそれほどたやすいことではないのだ。

御池 虹鱒 体色
彼女の身体に目を落とす。
うっすらとピンクがかったえらぶた、ドレスの柄のような胸びれにはまるで計算して配置されたかのように5個のスパンコールが輝く。
そして、グリーンバックと白銀の中にちりばめられた黒点。
淡く彩られた春色の砲弾。

御池 虹鱒
冷たい水の中、グロッキーにならないよう、エラに水を送られながら、彼女は多くの人たちの被写体となった。

御池 虹鱒
実はしばらくの間、剥製にしようかどうか悩んだ。
それほど見事なレインボーだった。

しかし、誰かが言った一言で決心はついた。

「多分、卵持ってるよね。」

さらに自分の心を固めるために、聞く。

「コイツ、あと何年生きられますかね?」

また誰かが言った。

「あと1年でしょ。」

そっかあ、あと1年か。ろくな流入河川がないここで、仮に卵を産んだとしても、子どもたちが成長できる確率はほぼゼロだろう。せいぜいヨシノボリやオイカワたちの絶好のエサになるだけだ。

でも、もう少し生きられるなら、そうさせてあげよう。自分が欲しいのは龍神の化身のような猛々しいオスだ。彼女はリリースしよう。

御池 虹鱒 リリース
身体を前後にゆすりながらエラに水を送ると、彼女はすぐに自力で泳ぎ始めた。
願わくば、もう誰にも釣られないでその生を全うして欲しいと思う。

見ていてくれた人たち1人1人と握手を交わし、身に余るねぎらいの言葉をもらった。

御池 虹鱒 パラゴン
来たるべき春をその身体にまとった美しい1尾。これもまたきっとかけがえのない思い出となる。

サトウオリジナル アンサー 虹鱒
ヒットルアーはサトウオリジナルのアンサー11g。年末から接岸しているワカサギを意識してチョイスしたカラー。くしくも春を感じさせる1枚。今年もこのスプーンにはきっと世話になるのだろう。

御池 虹鱒 稚魚
浅瀬にはこれから大きくなるであろうニジマスのスクールが散見される。
うららかな日差しの中、まだ小さなヒレをくねらせながら、必死に生きようとしている。
この中の何匹かでも、大きくなってアングラーを翻弄して欲しいと願う。

フィルソン ベスト スプーン
もうヤマメの解禁は目の前、ここには多分涼しくなるまでほとんど来ることはないだろう。渓流スプーニングでは、自分なりに今までやらなかったことを色々と試してみたいと思っている。

パラゴン アングロアンドカンパニー
まずは今年こそ、あそこの、あの魚を。

~ Tackle Data ~
Rod : Anglo and Company Paragon PR743
Reel : DAIWA BRADIA2500
Line : VARIVAS スーパートラウト アドバンス マックスパワーPE 0.6号
Leader : VARIVAS ストリーム ショックリーダー8lb
Spoon : サトウオリジナル11g(カラー:O3)
Hook : 自作(オーナー社 サルモ15号をタイイングして製作)
Camera : OLYMPUS OM-D EM-5

松本 宏人

松本 宏人

投稿者プロフィール

生まれ:1970年
メインターゲット:トラウト
メインフィールド:湖
-メッセージ-
幼少の頃から様々なルアーフィッシングに親しむ。
物をなくすのは、単にだらしないだけではないかとの噂も。
宮崎市在住。

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