おそらく、きっと、不器用なんだろうけどその分心がきれいな人なんだろう。
そして、そのことを他人に、そして自分自身に悟られないように道化を演じているのだろう。
しばらく話しているとそう感じた。
このサイトを愛読してくれているらしい。
朝一、声を掛けると「もしかして、テイルスイングの・・・?」と言われた。
ありがたく、また恐縮する気持ちになる。
そして、それからが愉快だった。
会話を始めるのに、いちいち自分に正対し、背筋を伸ばして、こっちの目を見据えて、全身に気合いを込めて、「あのっ!」とか、「ちょっといいですか!?」という枕詞を必ず付けて質問をしてくる。
「あのっ!ロッドの長さは7フィートでいいんでしょうか?サイトに8フィートが~と書かれていたと思うんですが。」
「あ、あれはそういう意味ではないんです。7フィートで大丈夫ですよ。今の私のも7フィート代ですし。」
「あのっ!私間違って湖用のリールに2000番台を買ったんですが大丈夫でしょうか?友人に湖は2500番だろって言われて落ち込んでるんですが。」
「全然問題ないと思いますよ。私のは2500番ですけどそれはロッドとの見た目のバランスですし。」
youtubeをやってらっしゃるらしく、動画を撮りながら、
「すみません!!スプーンにスイベルを付けてるのはどんな意味があるんでしょうか?」
「それは、かくかくしかじか・・・。」
質問は回数を重ね、段々と熱を帯び、かつ脱線気味になってくる。
「いやあ~!これがいつもサイトに書いていらっしゃるあの名竿ですか。感慨深いなあぁ!私もいつかこういうロッドを買うようになるのでしょうか。」
そんなこと聞かれても、とは思いながらも、
「ええ。はまって行ったらきっとそうなると思いますよ。」と応じた。
挙げ句の果てに、この湖には幽霊なんかが出るらしい話があることを告げると、
「ええっ!?そんなことがあるんですか?私はそういう感覚が全然ないもので。いつか私にも見えたりするもんなんでしょうか?」
「・・・いや、それはちょっと分かりません。」
そんなやり取りをしながらも、なぜだか不快な気持ちにはならなかった。
キャスト、カウントダウン、リトリーブの感覚、時合、そして釣れたときのファイトの仕方、大体おおまかなことを伝えて、2人並んで釣りをした。
この日の感触は悪くなかった。自分は最近リトリーブとアクションのやり方とバランスを変えたのだが、まあまあの手応えを感じている。
時合と考えている1時間まえくらいから、何度か「コツ」とか「コン」とか「クッ」という軽いバイトがある。彼にもピークが近いことを告げる。
しかし、この日の自分はこれで終わりだった。御池の神は彼を選んだ。
集中を高め、自分の釣りに集中する。彼の近くを離れて数分、湖岸のカーブ越しに見え隠れするロッドがこれでもかとベンディングカーブを描いている。ただ、あまり動きがない。根掛かりかな、でもあの辺りにストラクチャーはなかったよな。そう思って、首を伸ばして彼を見た。
そして数十秒後、高く掲げたランディングネットの中には白く輝く魚体が見えた。
「うお!やったじゃないですか!!良かった!良かった!すごい!すごい!」
足をもつらせながら彼の元に駆け寄る。さっきまでとはうって変わって茫然自失として、すっかり無口になってしまった彼と固く、強く握手を交わした。
サイズこそ43㎝と中型だったが、このいかつい顔。ここで随分と釣れない日々を過ごしてきたという彼にとってはこの上ない贈り物だったに違いない。
カルデラ湖特有の急峻な地形や、元々の絶対数の少なさのため、人によっては何年も出会うことが出来ないほど御池のレインボーは難しいのだ。
スプーンはスミスのエッジダイヤ。ここでの記念すべき初レインボー。もうこのルアーは殿堂入りさせてもいいかもしれない。
自分はメモリアルフィッシュを釣ったスプーンにはマジックで日時とサイズと場所を書いて部屋に飾ってある。
そして、そのときの写真と並べて、眺めてみては至福の時間をリフレインさせるのだ。
魚を水から出さないこと。
写真の撮り方、グロッキーになったレインボーを蘇生させる方法。
そしてリリースの仕方。
自分もまだまだ未熟なのだが、知っていることをなるべく伝えるようにした。
レインボーが息をふき返す頃には、彼の饒舌(じょうぜつ)さも蘇ってきた。
そして何度も、
「いやっ!今日という日は、多分一生忘れないと思います!」
こう繰り返した。
そうでしょう。きっとそうでしょう。
神秘的とくくってしまえば一言で終わってしまうのだが、この周囲4kmしかない小さな湖には、人を惹きつけてやまない不思議な魅力が確かにある。
ニジマス自体は色んなフィールドで釣ることが出来る。比較的簡単に釣れる所だって少なくない。
しかし、やっぱりここのレインボーは他とは違う。特別なのだ。
それは、出会うことの難しさ、ファイトの強さ、魚の美しさ、色んな要因があるだろう。しかし、ここで釣りをする人なら分かる「何か」がここにはある。
彼も今後、この湖の保全活動に協力したいと申し出てきた。こうやって少しずつこのフィールドが良くなっていけばいいと思う。
西の聖地を作っていければいいと思う。
ようこそ。大抵が釣れなくて、あんまり報われることがない釣りへ。
ようこそ。ごくたまに一生の宝物がもらえる湖へ。
ようこそ。何よりも美しいこの世界へ。