Different of fishing style

とある酒の席、サシで釣りの先輩と飲み語らいの中言われた。

「ホントに釣りが好きなの?そうは見えないけど。」

即答で好きですよ、とその説明をしたのだけれど、うまくは伝わらないようだ。これは一体どういうことだろう?と違和感をヒントにして脳ミソ探索に出かけてみる。

まとまりかけた頃に3連休、うまい具合に最終日の釣行許可を得ることができた。

単独渓流は今年初、いよいよ釣りに行けていないことを自覚して閉口してしまいそうになるが。思い切りやりたい釣りに向かえることに心躍る。

スプーンは金、銀、銅のみ。さらに使用するのは金、銀に絞った。フックはバーブレスのみ。

東京に来てすぐに電灯を買うために駆け込んだリサイクルショップ、気付けばたまたま並んでいた竿を手に取った、古いSylpher。合わせるのはネットで出会ったコンディションの良いMitchell308。

3連休最終日、都心からの距離も近く、気温も高い日が続く、決して良い条件ではないけれどこれでいい。

古い記憶と記録を頼りに夜明け直前には流れのそばへとたどり着く。腹いっぱい空気を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。渓流の音、木々と混ざる匂い、薄暗い夜明けの美、生き物の気配。孤独の喜びがそこかしこにひしめいている。

さてさてと川面に目を落とすと、はやくも流れの筋を小さな何かがライズに勤しんでいる。
これまでなら慌てふためいてガイドにラインを通すはずが、何故だか、それを見ているだけでひっそりと満ちた空気に覆われて、しばし見とれていた。

結ぶのは2.5gのアンサー、銀である。やはり、スプーンは銀からだろう。
しっかりと尻を振ってもらおうと、今回はスイベルではなくスナップを結ぶ。かるくアップに投げて確認。

良い感じだ。

それから夢中で遡り、銀、金と変えながらキャッチを重ねる。パターンを探るためと思い、トゥイッチを入れてみると発見があった。

嫌な針掛かりが増えたのだ。目などへのフッキングが明らかに増えた。
トリプルフックのミノーを使わないのはこれと2本目のフックが魚の体を傷つけるのが嫌だったからだ。なのに、同じような結果になってしまった。

不規則な早い動きでヤマメのスイッチを入れる、その結果は釣れるのだが、自分が望むものでは無くなってしまうようだ。もう少し検証するが、現時点ではリトリーブ主体に変えざるを得ない。

その日のハイライトはキャッチ後の魚の取り扱いだった。<瀬戸際の渓魚たち>の記事にあった佐藤成史氏の動画を見て、これぐらい魚にストレスなくリリースまで至りたいと常々夢想し、憧れていた。

速やかにネットへ誘導した後、動画の注意事項を守りながらそっと無理のないように扱ってみる。未熟故に流れにすっ飛んで帰られたり、いかにもトラウトという構図はランディング場所を考慮しなかったりで難しかったが、それでもあの恐怖と逃走に支配された姿ではなく、疲れを癒すため安堵しているかのような姿勢になってくれた数匹が本当に最高の満足をくれた。

そのうちの一尾を流れに戻してみると、いい壁とでも思ったのだろうか足に寄り添ったまま動くことはなかった。自分が魚を脅かし、恐れられているのではないと感じられ、いくつか写真に収めたら愛おしくなってしまい、そのまま少し湿った煙草に火を入れて景色を眺めた。

これ以上遡っても、また人に出会うだけだろう。そう思った昼前には抜渓し、ハンドルを家に向ける。

私の話に釣り好きが感じられなかったのは、互いの釣りという定義が違っていたからだろう。先輩は生粋と言えるステレオタイプの釣り人だ、そう思える。だからこその経験、知識、それらから来る自信、美しさと強さを兼ね備えている。その眼を通したなら私は軟弱で探求に欠けているように映ることだろうし、比較したなら魚を獲ることに関しては実際そうなのだから仕方ない。

どうも歳を重ねると昭和だからとか、平成だからとか、妙なカテゴライズをしたがるようだ。
古代エジプトで既にいわゆる”今の若い奴は~”という象形文字があったと言われているそうだが、そういうことだろう。私もまた、そう思う日が来るのかもしれない。

例えばツ抜け(10匹以上釣ること)だとか、他の誰かが定義した尺という定義、30㎝以上と29㎝以下の違いに一喜一憂し、追い求めるために行動するのもまたひとつの愉しみだろうし、トリプルフックで引っ掛けてもいい。各人拘りの世界である。

恐ろしく釣る人、キャスティングに見惚れる人、野性的な感が冴えわたる人、膨大な知見を有する人、付いていけないほど歩く人、確かな理論に結果を出す人、釣ることだけでなく他で愉しむ人。様々な釣り人に出会わせてもらった。

その世界観は唯一でいい、が、私にはその探求する姿が美しいと思えるものの、自分がそうなりたいと思えなくなっている。自身を反映させるだけの魅力はその先に感じられないのだ。それは他の誰かの道であり私の道ではない、それがはっきりと分かるようになった。

やりたい人がやりたい釣りをやればいいのである。そこに他者はなく、自然と己が在るだけでいい。

数や大きさで誰かから認められる必要などないと思うが、そうしたければそうすればいい。そうでなければ他の釣り人を認められないのならそれでもいい。自身が考えた結果としての選択であれば、それが一番だ。

それを公言し、俺はこう思うと言える人の方が面白くて魅力的に映る。

誰かをねじ伏せるような釣りもいい、何にも囚われぬ釣りもまたいい。
今回の探索でも、結局はその時々で自身が思う美しい釣りができるようになりたいと考え至るだけであった。

藤井政幸

藤井政幸TailSwing運営代表

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渓流~海までどこでもスプーンを投げる。
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